これまで何度かに分けて、横浜市の長岡行政書士様にお話をうかがい、色々なことを学びました。
この記事では、受遺者が先に死亡した遺言の効力や、複雑な遺言執行について解説してもらおうと思います。
目次
遺言者より先に受遺者が死亡したらどうなる?
さて、遺言者より先に受遺者が死亡したらどうなるのでしょうか。
今日は趣旨を少し変えて、長岡行政書士から何かを教わるのでなく、これまでのご経験の中で大変であった案件をお聞きしたいと思います。
もちろん教えていただける範囲内で結構ですが、実際の相続の現場感を皆様と共有することでより相続を身近に感じていただければと思います。
お忙しい中お時間いただき、誠にありがとうございます。
さっそくですが、長岡様がこれまでご経験された相続の案件で一番大変だったのはどのような件でしょうか。
長岡:
いえ、こちらこそありがとうございます。
難しいご質問ですね(苦笑)。
一件も楽な案件はないですよ。やはり人の生き死にやお金の移動が常に関係してきますので緊張の連続です。また、一件として同じ案件がないので、常に頭をフル回転させないといけないのが大変なところです。
そうですよね・・・
このままだと企画倒れになってしまうので、その中でも特に大変だった、というのはないでしょうか。
長岡:
そうですね、敢えていうのであれば、昨年担当させていただいた太田様(仮名)の件は時間がものすごくかかりました。遺言執行の期間としては私の経験上最長の1年半です。
太田様は生前にお世話になった方に財産を遺贈する旨の遺言書を書かれていました。
しかし、ご本人様が亡くなられた時には既に遺贈を予定していた方、受遺者というのですが、この受遺者8人のうち5人が亡くなってしまっていたのです。
つまり、遺言者よりも先に受遺者が死亡したということですね。
結果として受遺者が20人に増えてしまいました。
ちょ、ちょっと待ってください。遺産を受け取る人が増えるという部分がよく分からないのですが・・・
長岡:そうですよね、失礼しました。順を追って説明差し上げます。
受遺者が遺言者より先に死亡した場合の遺贈は無効となる
実は受遺者が遺言者より先に死亡した場合、遺贈は無効となる(その遺贈の範囲では遺言書の効力はなくなる)のです。
例を挙げて解説します。
こちらの太田様は80代女性の方で、既に夫に先立たれて子供もいませんでした。既に高齢者施設に居住されており、資産としては戸建て住宅をお持ちでした。
兄弟姉妹はいるもののそこまでつきあいが深いわけではなく、むしろ仲のいい知人やお世話になった方々に遺産を贈りたい希望されていたのです。
お話をうかがい、特にその中でも縁の深い8人に遺産を贈る旨の遺言書を作成いたしました。
つまり、遺贈するための遺言書を用意していたのです。
ところが、数年後に太田様が亡くなった時、この受遺者8人の方のうち5人が既に亡くなってしまっていたのです。同じく高齢者の方々だったためこのような事態となりました。
遺言書の効力が発生するのは遺言書を作成した時ではなく、遺言者の死亡時とされています。
そのため、受遺者が遺言者より先に死亡した場合、遺贈は無効となるのです。
ちなみに、亡くなった受遺者へ贈られるはずだった部分の財産は、遺言で指定されていないことになりますから、原則としては法定相続に戻ることになります。
そして法定相続の部分は、遺言書で指定されていないわけですから、遺産分割協議が必要です。
受遺者が遺言者より先に死亡した場合に備えた予備的条項
受遺者が遺言者より先に死亡した場合、その部分の遺贈は無効となる。ここまでは理解できました。
しかし、なぜ受遺者が遺言者より先に死亡したから、さらに受遺者が増えたのでしょうか?
長岡:受遺者が増えた原因を探るには、予備的条項について理解する必要があります。
遺言書作成時に、何らかの事由が発生した場合に備えて予備的条項を記載しておくことがあります。
遺言書自体はいつでも撤回や書直しが可能ですが、遺言者が事情の変化に気づかなかったり、事情が変化した時には遺言者が認知症などにより遺言能力を喪ったりしていた場合には、従来の遺言の内容を変えることはできません。
このような状況に対応するために予備的条項が必要となってくるのです。
理解するため、なにか例をいただけませんでしょうか。
長岡:はい。例えばですが、Aが「BにXX銀行の100万円を相続させる」といった遺言を遺したとし、Aの相続人はB、C、Dとします。
しかしながらBの方がAより先に亡くなった場合、A名義のXX銀行の100万円は自動的にBの子に相続されません。
この100万円はBの子とC、Dという相続人全員の遺産分割協議により財産の分け方をを決めることとなります。
遺言で指定していた方が遺言者よりも先に亡くなると、すんなり贈られるはずであった100万円が、他の相続人と協議しないといけなくなるのですね。
合わせて読みたい>>遺産分割協議とは?流れとポイントを行政書士が解説
長岡:そうですね。
なので、Aの遺言書を作成時に「Aの死亡前またはAと同時にBが死亡した場合Aの財産はBの子に相続させる。」というような予備的条項を入れておけば遺産分割協議が不要となり、遺言書どおりにスムーズに相続手続きを進めることができます。
また、先ほど挙げた例のように、相続人以外に財産を残すため(遺贈するため)に遺言書を作成しても、受遺者が死亡することがありますよね。
このように、遺言で指定された受遺者が死亡したときは、その死亡日がポイントになります。
受遺者の死亡日が遺言者よりも後であれば、遺贈は有効です。しかし、受遺者の方が先に亡くなった場合、遺贈は無効となるのです。
そのため、遺言書に予備的遺言を記載し、受遺者が先に死亡していた場合に備えることになります。
さて、太田様の案件に戻りますと、太田様の遺言書にも予備的条項が入っており、元々の受遺者が先に死亡していた場合は法定相続人へ遺産を譲るとしておりました。
この法定相続人というのは民法で定められた遺言書がない場合に相続を受ける権利のある人たちの事を言います。
合わせて読みたい>>法定相続人の範囲を司法試験から読み解く|養子・甥姪・欠格事由・相続放棄・胎児
予備的条項(予備的遺言)で指定した受遺者を特定する
受遺者が先に死亡していた場合は法定相続人へ遺産を譲る、と予備的条項(予備的遺言)で指定したわけですから、今度は法定相続人を特定することになります。
太田様は配偶者、ご両親、子がいないので、法定相続人は第3順位の兄弟姉妹となりますが、この兄弟姉妹の方々が多いうえ日本全国に散らばっていたのです。
やっとわかってきました。
受遺者が遺言者より先に死亡した場合は、法定相続人に遺産を譲るとしていたものの、その法定相続人の数が多かったために、受遺者が想定よりも増えたということですね。
では相続手続きとすると、その日本全国にいる兄弟姉妹の方々に遺産を配って歩いたような感じでしょうか。
長岡:いやいや、配って歩いたというわけではなく・・(笑)
まず、遺言書の中で私(長岡行政書士)が遺言執行者に指定されていたので、太田様死亡により遺言執行者としての任務を開始いたしました。
この遺言執行者とは、遺言の内容を実現するためにその執行を行う者のことで、民法では相続財産の管理及びその他遺言執行に必要な一切の行為をする権利が認められています。
合わせて読みたい>>遺言執行制度と遺言執行者の義務について行政書士が解説
そして遺言執行者の任務の中には法定相続人の調査及び確定が含まれています。
そのため、まずは法定相続人を調査することから開始しました。
合わせて読みたい>>相続人を確定させる調査方法とは?戸籍謄本と相続関係説明図についても行政書士が解説
遺言者より先に受遺者が死亡した遺言執行事務の流れ
長岡:それでは、遺言者より先に受遺者が死亡したことにより、想定よりも受遺者が多くなった難解な遺言執行事務の流れを一緒に確認していきましょう。主には以下の流れになります。」
- 被相続人や受遺者(法定相続人)全員の戸籍を集める
- 不動産売却に伴う調査、業者選定
- 不動産売却に伴う税金関係の確認
本当にやるべきことは多岐にわたるのですね。
お話をうかがうまで相続の背景でこういう事が行われているとは想像もできませんでした
長岡:そうですね。最初に申し上げた通り相続には同じものがないので一概には言えませんが、スムーズに終わるものや大変な労力がかかるものなど様々です。
ただ行政書士として相続の仕事に係わっていて一番うれしいのが、相続が終了したあと感謝のお言葉をいただけた時ですね。
この案件でも相続終了後に受遺者の一人から、遺贈分で先祖のお墓を修繕できたとのお手紙をいただきホッと胸をなでおろしました。
ここからは、遺言者より先に受遺者が死亡した遺言執行事務の流れについて解説します。
被相続人や受遺者(法定相続人)全員の戸籍を集める
長岡:遺言執行者の任務の中には、法定相続人の調査及び確定が含まれているので、まず私の方で調査を開始したのですが、何しろ日本全国に兄弟姉妹がいてかつ数も多いので確定までに4カ月を要しました。
その相続人調査というのはどのように行うのでしょうか?
長岡:詳しいことは割愛させていただきますが、まずは亡くなった太田様、つまり被相続人に関する戸籍謄本を全て集めることから始めます。
死亡記載がある戸籍謄本(除籍謄本)だけでなく、改製原戸籍や転籍前の戸籍謄本など、出生から死亡までの連続する戸籍謄本を全て集めなければいけません。
また、相続人に該当する全員分の戸籍謄本も集めなければいけない上、戸籍謄本は本籍地の役所でしか取得することができませんので、直接本籍地の役所に出向くか、または郵送で取り寄せていくことになります。
戸籍謄本は私も見たことがありますが、ぱっと見てもすぐには理解しづらいです。それを生まれてから亡くなるまで、あと相続人全員分とり寄せて一つ一つ追っていくとは、なんとも重労働ですね。
長岡:大変です(笑)。ただ、この相続人をしっかり確定させない事には相続がすすめられませんから、ひとつひとつ丁寧に進めていくしかありません。また、相続人の範囲が確定できたらその相関図を書いて全体像を把握します。
この相関図の事を相続関係説明図と言います。
遺産不動産売却に伴う調査、業者選定
長岡:さて、この太田様の案件では遺産が戸建てでした。遺言内容はこの不動産を売却して換金の上で受遺者に遺贈するという清算型遺贈でしたので、この手配も遺言執行者が執り行う必要があります。
私の方で不動産業者様の選定や相続登記、また相続人様への逐次の報告などを行いました。
不動産の売却まで係わるですか
長岡:係わると言っても私自身で売り買いをするのではなく、あくまで適切な不動産業者様を選び、市場動向に則った価格で売却おこない必要な登記関係を手配する、といった相続人様たちの代理という役割になります。
ただ、遺言執行者がいないと何を進めるにしろ全員の協議の上、となりますから、遺言執行者を任命するメリットは大きいと言えます。
ただ今回のケースでは受遺者様が多く、また一人一人相続の割合も違っていたりと個別に対応を手紙でする必要があったので特に大変でした。
不動産売却に伴う税金関係の確認
長岡:また、忘れてはいけないのが税金関係の手配です。
これも私自身で行うのではなく、専門家である税理士と協力しながら行います。
まず、相続ということで相続税が発生します。
また、こちらの太田様の相続手続き案件では不動産売却も絡んでいたので所得税も申告も必要でした。
ただ不動産があった横浜市では空き家控除の特例が使えたので、こちらを申請することで財産の保全に良い影響が生み出せたと自負しております。20人分の申請を代行するのは大変でしたが・・・
相続関連の税金申告には、相続の開始を知った日から10カ月という期限があります。税理士や相続人様たちとの連携を密にし期限内に申告を終了することができました。
遺言者より先に受遺者が死亡するなど複雑な遺言執行は行政書士に相談を
遺言者より先に受遺者が死亡すると、その部分の遺贈は無効となります。
もし予備的条項(予備的遺言)を用意しておかないと、その部分の相続については法定相続となり、さらに遺産分割協議が必要となることは覚えておきましょう。
また、予備的条項を用意してはいるものの、受遺者が多数に及んだりすると、遺言があってもその執行は複雑なものとなります。
皆様には相続でこういう事もあるのだな、と感触をつかんでいただければ幸いです。
人それぞれであるように、相続の形もそれぞれ異なります。とくにこの記事で紹介したとおり、遺贈や予備的条項などスムーズに相続手続きを進めるために注意すべきポイントも少なくありません。
もし遺言作成や相続手続きについて不明点やアドバイスが欲しいと感じたら、ぜひ横浜市の長岡行政書士事務所にご相談ください。初回相談は無料です。
皆様に寄り添って一緒に考えていきたいと思います。