「遺言執行者」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
遺言に書かれた内容をスムーズに実現するために、遺言執行者は非常に重要です。しかし、難しい法律用語が多すぎて、なかなか理解できないという方もいるかもしれません。
そこでこの記事では、遺言執行者について「桃太郎」になぞらえながら解説します。遺言執行者を楽しく学びたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
川でおばあさんが拾ってきた桃を割ると、中から元気がいい男の子がでてきました。
桃太郎と名付けられた男の子は、すくすくと育ち、鬼が島に悪い鬼がいると聞きつけ退治に出かけます。
桃太郎は鬼ヶ島の劣悪な労働環境に対して行政改革するために再び島に渡り、結果、鬼もすっかり心を入れ替え、村人とも仲良く暮らす新時代が訪れたのです。
それから時が経ち、おじいさんは桃太郎に遺言を残したいと考えました。
「桃太郎が鬼から取り返してくれた大事な財産じゃからのう」
しかし、遺言を書いたことがないおじいさんは、手続きについてもよくわからず、誰かに教えてもらおうと考えました。
鬼ヶ島で知事としてバリバリ働く桃太郎を頼るわけにはいきません。
そこでおじいさんは、竹取の翁の助言で、横浜市にいる花咲かじいさんの息子になった犬・シロが行政書士の卵だと聞きつけ、相談することになりました。
目次
遺言執行者とは?
シロ「おじいさん、ご無沙汰してます」
おじいさん「おお! シロや。なんと本当に犬から人間になったんじゃのう」
シロ「おかげさまで。おじいさんは何十年も、まったく変わらずじじいのままですね」
おじいさん「…誉め言葉と聞いておこうか…。ま、きびだんごでも食べながら話を聞いておくれ」
シロ「もしかして、これで重労働させようとしてませんよね? 犬・猿・雉先輩みたいに」
おじいさん「…しないから。それはそうと竹取の翁に聞いたんじゃが、遺言を実現してくれる人をはっきりさせて、その人が遺言の内容を実現するということを、遺言の中で書かなくてはいけないんじゃろ?」
シロ「そうなりますね。ぼくはまだ行政書士見習いですから、実際はうちの事務所の先生と一緒にやりますけど、いいですか?」
おじいさん「もちろんじゃ」
遺言を実現してくれる人=遺言執行者
シロ「とりあえず、おじいさんに覚えていただきたいのは、遺言を実現してくれる人=遺言執行者というキーワードです。3秒で頭に叩き込んでください」
おじいさん「は、はい…遺言執行者がいない場合は遺言は残せないのかのう?」
シロ「そういうわけでもないですが、その場合は、相続人や受遺者全員が協力して手続きを進めるんです。遺言の内容に納得しない相続人がいたり、遠方に住んでいる相続人がいる場合などは、なかなか手続きが進まないこともあるんですよ」
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おじいさん「そうか、それだと桃太郎にも迷惑をかけるのう」
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遺言執行者には中立・公平な立場で遺言を実行する権利と義務がある
シロ「まず、遺言執行者は、中立・公平な立場で遺言を実行する権利と義務を有します。未成年と破産者じゃなければ誰でもなれるんです」
おじいさん「そうなのかい? だったら、犬・猿・雉でもよかったのかのう?」
シロ「さすがに人間にしてください」
おじいさん「そ、そうか…(シロも元は犬じゃないかのう)」
シロ「なので、弁護士や私たち行政書士のような専門職である必要はないんです。でも遺言執行の手続きは複雑ですから、いわゆる素人さんだと毎日の仕事に加えての作業ですし、ぶっちゃけキツいんですよ」
おじいさん「確かにのう」
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シロ「それに、もし遺言執行者が相続人の立場であったら、遺言の内容に納得していない相続人とバチバチにモメまくることもありえます」
おじいさん「バチバチ…やっと村も平和になったのに、そうなったら困るわい。それはわかったとして、遺言執行者ができることはどんなものなんじゃ?」
遺言執行者が行う5つの事項
シロ「遺言執行者ができることをまとめると、こんな感じです」
- 相続にともなう各種名義変更
- 預貯金の払い戻しと相続人や受遺者への交付
- 財産管理
- 子どもの認知
- 相続人の廃除やその取消し
シロ「子どもの認知と相続人の廃除・取消しは遺言執行者じゃないとできないものですね」
おじいさん「こうしたことを遺言執行者がやったら、相続人はちゃんと従わなくてはいけないんじゃな」
シロ「民法1015条でそう決まってますからね。たとえ桃太郎知事でも法律に逆らうことはできませんね」
遺言で遺言執行者の権限を明記する
おじいさん「よし、じゃあ早速、遺言執行者を遺言に書いておこうかの。事務所の所長の…長岡さんというのか。この方の名前を書けばいいんじゃな?」
シロ「許可は取ってあります。でも書き方は気を付けてくださいね」
おじいさん「ん? 書き方?『遺言執行者として長岡真也を指名する』ではいかんのか?」
シロ「それは書く必要がありますが、遺言書では、様々な財産分与の内容を書かないといけないでしょ? 例えば預貯金や有価証券が財産としてあれば、遺言執行者は銀行や証券会社に相続に関する書類を請求したり、それらの書類を作成・提出したり、払戻金を一旦受け取ったりすることになるわけです」
おじいさん「そうじゃのう」
シロ「その手続きの際、銀行や証券会社の立場だったらどう思います? 遺言に遺言執行者の名前だけが書かれていても、「本当にその人にこの手続きをさせて大丈夫? じいさん、ボケてないよな?」と思いませんか?」
おじいさん「…ちょくちょく毒気がある気がするが、気のせいか。うむ、よくわからんが、そういうものなんじゃな」
シロ「ですから、遺言に遺言執行者へ与える権限を個別に、具体的に書いておいた方がいいんです」
おじいさん「要するに長岡さんがわしの遺言に関して何をすることができるのかを書くんじゃな。どう書いたらいいんじゃ? 『銀行応対すべからく認むるで御座候』とか?」
シロ「時代劇じゃないんだから。こんな感じですよ」
「執行者は、他の相続人及び受遺者の同意を必要とせず単独で、遺言者の貸金庫の開扉・点検・在中品の受領、貸金庫契約の解約をすることができる」
「執行者は、遺言者の有する預貯金等の名義変更・解約・払い戻しなど、この遺言に必要な一切の権限を行使することができる」
「執行者は、代理人を選任してこの遺言を執行させることができる」
おじいさん「かなり細かいのう」
シロ「ここまで書いておけば、手続きを依頼された側は、遺言執行者がその手続きを行っていいということがわかるでしょ。相続人である桃太郎知事も、本当にその手続きをさせていいのかという疑問や不安もなくなりますから」
おじいさん「そうじゃな。それにしても、花咲かじいさんのところにいたあのシロが、本当に見違えるほどになったのう…村中、あちこちの木におしっこをかけて回っていた犬の面影がもうないわい」
シロ「…それバラさないで下さいよ」
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遺言執行者の費用と遺言書の関係
おじいさん「あとは、遺言執行者さんへの費用の支払いはどうしたらいいんじゃろうか?」
シロ「今回、遺言執行者が行政書士という専門職ですので、執行報酬や執行費用の支払いについても遺言に書いておきましょう。ちなみに、葬祭費も執行の一環として遺産から払えますよ。あと、債務はないですよね?」
おじいさん「借金のことかい? あ、一部あるのう。芝刈りの山に、きびだんご工場を新設しての。その費用が少し残っておるわ。でも売り上げは上がっておるし、財産の中で払える額じゃ」
シロ「…そんな新ビジネスを? では、具体的にはこう書いてください。主に遺言執行者が専門職の場合の記載例です」
「生前の未払い債務、葬祭費、遺言執行費用及び遺言執行者への報酬などの遺言者に係る債務を、遺産の中から支払うものとする」
おじいさん「ちなみにじゃが、こういう記載がない場合、どうなるんじゃ?」
シロ「支払いについてどうするのか相続人間で話し合わなくてはならなくなります。要するに桃太郎知事が決めることになりますね」
おじいさん「あの子には迷惑かけたくないからの…と、これでよし。書けたぞ、シロや」
シロ「はい、これでいいと思います」
遺言執行者は遺言に明記することが望ましい
おじいさん「それにしても、遺言もひとつ間違えたらややこしいことになるから、気をつけねばいかんのだな」
シロ「そうですね。村人と鬼ヶ島の鬼たちも、何かボタンの掛け違いがあって、仲違いしたのでしょうからね」
おじいさん「長岡さんにもよろしく伝えておくれ、シロや。ほら、これ長岡さんのぶんのきびだんごじゃ。新製品じゃよ。持って帰っておくれ」
シロ「最近は『マスカットきびだんご』なんてものがあるんですか」
おじいさん「そうじゃ。これからまだまだラインナップを増やすんじゃ。来年にはフェラーリ買おうと思っとるんじゃ」
シロ「…おじいさん、遺言、まだ必要なくないですか?」
人生、いつ何があるか分かりません。遺言は早めに用意しておきましょう。
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