世の中には、にわかには信じられない出来事があふれています。
摩訶不思議な出来事に直面したとき、法律はどう判断していくのか…?
「遺言アンビリーバブル物語」では、そんな「普通ないけど、もしあったらどうなるんだろう?」という角度で、自筆で書いたかどうか不明な遺言書の取り扱いについて、遺言書を巡るルールを見ていきます。
もしかしたら、あなたの身の回りで起こるかもしれないアンビリーバブルな世界へ…ようこそ。
目次
自筆証書遺言の要件
まずは自筆証書遺言の要件について確認してみましょう。
遺言書は、大きくわけて、公証人が書く公正証書遺言と、自分自身で書く自筆証書遺言があります。
このほかに「秘密証書遺言」がありますが、「遺言を書く」という場面までは自筆証書遺言と同じ手続きになります。
公正証書遺言は、遺言者が記したい遺言の内容を、法律の専門家である公証人に伝え、公証人が遺言を作成するという遺言書です。
これに対して自筆証書遺言は、遺言者自身が作成します。このとき、複数の要件が課せられています。
自筆証書遺言の要件
- 遺言者自身が自筆で全文を書いたものであること
- 作成した日付が正確に書かれていること
- 氏名が自筆で書かれていること
- 印鑑が押されていること
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自筆で書いたかどうか不明な遺言書の取り扱い
ここでアンビリーバブルな質問が。自筆証書遺言の要件で、一番上にある「遺言者自身が自筆で全文を書いたもの」についてです。
ご相談者様は、横浜市在住の27歳、銀行にお勤めのAさんとまだ幼いお嬢さんのミクちゃんです。
高齢のお父様は寝たきりの状態で、思うように手足を動かせないご病状のようです。そんなAさんが、唐突にこう切り出しました。
「先生、念力って信じますか?」
Aさんはあくまで真顔。冗談を言っているようには見えません。
Aさんがおもむろにカバンから取り出した遺言書は、たどたどしい文字で書かれており、表面に書かれた「遺言書」という文字も、一部たどたどしくなっていました。
たどたどしいというか…漢字を知らない人が書いたような…?
Aさん曰く、お父様が自らこの遺言書をしたためたとのこと。しかし、自分の体を動かしていなかった…というのです。
「うん、おじいちゃんね、超能力で書いたんだよ。ミクね、筆がひとりで動いているの、見たもん」
自分の手を動かさず、自分で遺言を書く? 筆がひとりで勝手に動いた?
純粋な目で見つめる子どもの言うことを一概に否定するのも大人げないものです。
そうなんだね、おじいちゃんすごいんだねなとど返しながら、どう対応すべきか思慮を重ねていました。
「信じられないのも仕方がないのですが、祖父も自分で書いたと言い張っていますし、親族で代筆したという者もおりません。もちろん入院している医療施設でも誰もそんなことはしていません」とAさん。
まさか…本当に超能力で書いたのでしょうか?
ここからは、自筆で書いたかどうか不明な遺言書の取り扱いについて解説します。
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パソコンを使用した自筆証書遺言は無効
「どうなんでしょう? こういう遺言書は有効になるのでしょうか?」
Aさんは、困り果てた顔をしながら、つぶやきました。
自筆証書遺言では遺言者自身が「自筆で」全文を書くことが必要とされています。
しかし、「自筆で書いたかどうか」について、いろいろな例があるのも確かです。
例えばパソコンで本人が入力し、プリンターで印字して作成した遺言書は「自分で書いた」と言えるのでしょうか。
パソコン操作に慣れている人にとっては、手書きよりも楽に作業できるし便利なのは間違いありません。
しかし、パソコンをはじめ、ワープロ、タイプライター、点字器などで書いた場合は、たとえ遺言者が入力したとしても、自筆証書遺言としては認められません。
遺言者本人の筆跡が明らかではなく自筆性がない、つまり本人が作成したとは言えないからです。
ほかの遺言書例も見てみましょう。
添え手によって作成した自筆証書遺言はケースバイケース
本人が身体を動かさず、他社が手を添えて書いた場合はどうなるでしょうか。
遺言者の手が不自由であるケースは少なくありません。家族の方が添え手をして初めて筆記が可能となることもあります。
実は、この場合、一律に「無効」「有効」とバッサリ斬られるのではなく、3つの要件すべてを満たす場合にのみ有効とされます。
《添え手による遺言の自筆性が認められる要件》
- 遺言者が遺言書作成時に自書能力を有していること(遺言者が文字を知っている、文字を筆記する能力を有していること)
- 添え手の程度が、筆記を容易にするための支えにとどまること(添え手をしている人が遺言者の手の動きを決めないこと)
- 遺言者以外の意思が介入していないこと
2番目の添え手の程度は、下記の2点で判断します。
- 遺言者の手を用紙の正しい位置に導くだけ
- 遺言者の手の動きが遺言者の望みに任される
第三者が添え手をすることで遺言者の筆跡が変わると意思確認になりませんし、ましてや遺言者の意思を捻じ曲げるようなことがあっては、正しい遺言にはなりません。
ですから、添え手による遺言の自筆性が認められるためには、このような厳しい条件があるのです。
身体を動かせない場合は公正証書遺言がおすすめ
いずれにしても、やはり念力で書いたというのはにわかには信じられません。
そう告げると、Aさんもミクちゃんを見やりながら、こくりとうなずきます。
筆記困難な場合の遺言書作成の選択肢としておすすめしたいのが、公正証書遺言で作成することです。
Aさんのお父様は、身体は動かせないものの、言葉をしゃべることはできるようですので、公証人に遺言の作成を任せた方が安心であると言えます。
あくまで専門家が作成する遺言ですから、確実性が高く、無効となることはほとんどないでしょうから。
合わせて読みたい>>公正証書遺言とは?要件や注意点・メリット・デメリットを行政書士が分かりやすく解説!
なお、仮に本当に自筆がどうか分からない場合は、筆跡鑑定という手もあると考えられます。
読めない、判読できない部分については、専門家に筆跡鑑定を依頼する方法があります。
さらには相続人全員で協議し、書かれている内容を推察して、その判読できない部分の結論を出すという方法もあります。
摩滅・汚損している文字については、科学的鑑定方法もあります。
いずれにせよ判読が難しい遺言は、鑑定や協議など、遺言全体を読み解くのに多くの手間がかかるので、やはり公正証書遺言での作成が無難です。
遺言書作成は元気な今のうちに
Aさんは、お父様にお話しし公正証書遺言を勧めるつもりだとお話なさいました。
「ミクも、おじいちゃんにそう伝えてあげようね。では、私はこれで失礼します。ありがとうございました」
Aさんの言葉に、ミクちゃんは素直にうなずき、ソファからぴょんと飛び降りました。
Aさんとミクちゃんを見送った後、書類仕事を片付けようと自分のデスクに向かいましたが、どうしたわけか、胸にさしていたはずの万年筆が見つかりません。
「おや? どこかで置いてしまったのかな。ヨウコさん、私の万年筆、見てないですよね」
「応接室のテーブルの上にありましたよ。先生、かわいい字を書くんですね」
かわいい字?
今回の相談では一度もこの万年筆を使っていないのに、なぜ?
応接室に行くと、そこに確かに自分の万年筆がありました。メモ用紙の束の一番上に、さりげなく書かれていた、幼子の文字のようなメッセージとともに。
「せんせー、ありがとーござますた♡ ミク」
※この物語はフィクションです
この記事を詳しく読みたい方はこちら:「自筆遺言証書」で自筆と言えるかの判断について解説|添え手・財産目録・ワープロなど