相続を進めていくと遺言書を見つけることもあると思います。その場合、民法の規定では遺言書が最優先するということはご存じだと思います。では、最初の遺言書で手続きをしていたところ、さらに後から遺言書が出てきたらどうなるのでしょうか。この記事では、最初の遺言書の後に後から遺言書が発見された場合の対応について、「物語風」に解説します。複数の遺言書が出てきた場合について分かりやすく知りたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
タイムリープという言葉を知っているだろうか?
簡単に言うと、時間を飛び越えるということ。一昔で言えば、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や、最近で言えば漫画・アニメで話題をさらった『東京リベンジャーズ』あたりが有名だろう。
私も、こうしたSF的な要素のあるエンタメ作品は嫌いではない。だが…本当に自分がタイムリープするとなったら話は別だ。
率直に言おう。私は10年後の未来からやってきた。いや、やってこざるを得なかった。
なぜならば、私の父は2023年に遺言書を書いて死ぬのだが、遺言書の保管の仕方を誤って、10年間誰にも発見されなかったからだ。
10年後、つまり私が元いた世界で発見された遺言書と、私たちが直面した現実は大きく異なるものだった。
そして、困った。同時に、「なんで今ごろ…」と怨嗟の声も喉元まで出てきた。
だから、私は父に、正しく遺言書を保管してもらうために…時をさかのぼって、帰ってきた。
信じるか信じないかはお任せする。実際、対面した父と現時点での「わたし」は、未来から来た「私」の姿に、腰を抜かさんばかりに驚いた。
これは、そんなタイムリーパーの体験した、奇妙な出来事の記述である。
目次
遺言書の効力には期間があるのか?
未来の私「……というわけで、そろそろ落ち着いて話を聞けそうか?」
父「あ、ああ…まだ信じられん気持ちの方が強いが」
遺言書が無い場合は遺産分割協議
現在のわたし「話を整理すると、親父は今年死ぬ。で、今書いている自筆証書遺言が、発見されなくて、10年後に見つかった。というか、どこにしまっていたんだ?」
未来の私「屋根裏部屋の、一番奥の骨董壺の中だ」
現在のわたし「なんでそんなところに大事な遺言書をしまうんだよ」
父「だって、見つかったら改ざんされるかもしれないだろ」
未来の私「いずれにせよ、遺言書が見つからなかったから、遺産分割協議をしなくちゃいけなかったんだ。いろいろゴタゴタしたけど、何とか落ち着いてな。で、実家…つまり、この家を取り壊すということになって、その壺の中から出てきたんだよ」
父「庭に埋めておく方がよかったかな」
現在のわたし「腐るよ、紙が…」
未来の私「で、遺産分割協議で決まったこととまるで違うことが書いてあるから、もう一度再分配しないといけないんじゃないかとか、いろいろややこしいことになったんだよ」
父「すりゃいいじゃないか」
未来の私「簡単に言うな」
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遺言書の効力には期間が無い
現在のわたし「ちょっと待ってくれよ。10年後に見つかったてことは、そもそも時効とかになるんじゃねえの?」
未来の私「いや、遺言には時効がない。遺言は故人の意思表示だから、何年経とうとその効力が消滅するものじゃないんだってさ」
父「ふふん。我が遺言は永遠に不滅なり」
遺言書の内容と異なる遺産分割協議は有効
未来の私「長嶋さんみたいに言うな。行政書士さんが言うには、遺産分割が遺言の内容と食い違っているなら、遺言に沿うように遺産を再分割するのが本来のあるべき姿なんだけど、相続人全員の同意が得られれば、遺言の内容に沿っていなくてもすでに完了した遺産分割を有効にすることができる」
現在のわたし「だったら、そうしたらいいんじゃないか? わざわざ時間さかのぼって、『時をかける少女』みたいなことしなくても」
未来の私「例えが古いぞ。おっさんみたいだ」
現在のわたし「もっとおっさんになった”俺”が言うなよ! というかさ、いま、「相続人全員」って言ったな?」
未来の私「そうだ。いいところに気づいたな。相続人のうちたとえ一人でも同意しない人がいる場合には、遺言の内容を踏まえ、あらためて遺産分割協議からやり直さなくてはいけない。で、あのゴタゴタをもう一度やるのは勘弁してくれってわけなんだ」
現在のわたし「家庭裁判所で調停や審判を受けられないのか?」
未来の私「まあな。裁判所からの提案や判断を出すことで全員が同意できる結論を導き出せるよう輝だってくれる制度はあるが、もういっそのこと、親父の隠し場所を変えたほうが話は早い」
現在のわたし「なんか、切実だな。気持ちわかるわ、”俺”」
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自筆証書遺言を発見した場合は何をする?
未来の私「最初に、基礎知識だ。自分で書いた遺言書、つまり自筆証書遺言が見つかった場合は、すぐには開封せず家庭裁判所での検認手続きを終えてから開封しなくちゃいけない」
父「なんだその、ニンニン手続きって?」
家庭裁判所での検認手続きを終えてから開封する
未来の私「検認手続き、な。忍者じゃねえんだから。家庭裁判所で相続人の立ち会いのもと、裁判官が封がされた遺言書を開封する手続きのことだ。勝手に開封すると過料と言って、行政上の罰金を払わないといけなくなる」
「検認手続きの役割は以下の通り」
相続人に遺言の存在と内容を知らせる役割
家庭裁判所へ検認の申し立てが行われると、家庭裁判所は申立人と相続人全員に検認期日の通知を行うため、相続人全員が遺言書の存在を知る。
遺言書の状態を確認する役割
遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名などの確認を行い、遺言書の偽造・変造を防止する。
父「検認では遺言書の中身も確認するのか?」
未来の私「検認はあくまで遺言の存在の周知と状態確認のための手続きだ。だから遺言書の中身までには踏み込まない」
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遺言書は適切な場所に保管する
未来の私「俺がこの世界線にいられる時間は限られてる。だから、とりあえず遺言書について、基本的なことを叩き込むから、よーく頭に入れろよ」
現在のわたし「まずは適切な保管場所からだな。それ、今回一番大事だろ?」
未来の私「そうだ。一般的に多いのが仏壇や自宅書斎の引き出し、金庫らしい。あとは信託銀行や、もし存在するのであれば以前お世話になった法律の専門家のところに預けるという手もある。いずれにせよ、親父が亡くなる前にどこに遺言書が存在するのかをきちんと伝えておくことが大切だ」
父「わかった。ちゃんと伝えておく。でも、お前に伝えて大丈夫か? 子供のころから勉強ができなかったから、覚えられないんじゃないのか?」
現在のわたし「ひでえ親父だな。そんな大事なこと、ちゃんとやるよ」
未来の私「なんだか自分が責められてる気になるな…。あとは自分で書く自筆証書遺言は、いま法務局にて預かってもらえるようになってるんだ。保管申請料3,900円で保管してもらえるから、そこがベストかもな」
父「これから書くんだけど、書き方とかは問題なかったか?」
未来の私「ああ、そこ大事だな。実は一ヵ所形式違いのところがあってな。結局無効になるんじゃないかって話にもなってる。だからこそ、多少費用と手間がかかっても公正証書遺言にしたほうがいい」
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将来のことを考えると公正証書遺言が安心
父「公正証書遺言?」
未来の私「公証人という公的な法律の専門家にに頼んで作成してもらう遺言書のことだよ」
父「自分で書くのとどう違うんだ?」
未来の私「かいつまんで言うと、親父本人が口述して、公証人が書面を作成するわけ。だから内容の不明確さや形式の不備による遺言の無効というリスクが避けられる」
現在のわたし「絶対そのほうが安全じゃん」
未来の私「まあな。できた遺言書は公証役場に保管してもらえるし、かつ遺言検索システムに登録されるので、遺族は本人が死亡後に最寄りの公証役場に行けばすぐに遺言書を入手できるからな。しかも検認が不要だから、要するに話が早い」
現在のわたし「あれ、ちょっと待てよ。検認が必要って…10年後に見つかったとき、検認を受けたのか?」
未来の私「……そこをうっかり間違えて、それもあってタイムリープしてきたんだよ」
父「なんだ。まったくうちの息子は、いつまで経っても頼りにならんな」
未来の私「うるせーな、親父が言うな!」
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