「一度遺言書を作成したらもう財産を処分することはできないの?」
「遺言書は作成済み。だけど財産を処分したい。遺言書を書き直す必要はあるの?」
「遺言書に記載した財産をうっかり処分してしまった!遺言書は無効となってしまうの?」
一度遺言書を作成したとしても、生活状況の変化など遺言書を記載した時点での状況と大きく変わることがあると思います。
「自分は将来どの時点でどんな財産が必要となる」、「どれくらいの資産があれば生涯暮らしていける」・・・なんて確実なことは誰にも分かりません。
そのため、事前に作成した遺言書に記載している財産を処分する必要も出てくるかもしれません。
では、処分をした場合には遺言書を書き直す必要があるのでしょうか?また、遺言書に記載されている財産がない場合はどうなるのでしょうか。
こちらの記事では、遺言書作成後に財産を処分した場合、すでにある遺言書がどのように扱われるのか、どのような効果が生じるのか、すなわち生前処分による遺言の一部撤回について行政書士が説明します。
目次
遺言の効力が生じるのは「死亡したとき」から
遺言書は、特定の方式に従って意思表示をしたときに成立します。
しかし、遺言の効力は遺言者が死亡した時に初めて生じます。
つまり、遺言書を作成したからといって推定相続人に何らかの権利や利益が発生するわけではありません。
特定の財産を遺言書に記載し、遺言書が有効に成立したといっても、遺言書はあくまでも死後になって初めて効果が発生するからです。
遺言書に記載した財産であってもご本人がお亡くなりになるまでは、当然ご本人の財産はご本人の物なのです。
合わせて読みたい:遺言書の効力とは?5つのポイントを項目ごとに行政書士が紹介!
遺言書に書いた財産でも生前に処分できる
そもそも『遺言』とは、遺言者の最後の意思表示です。
そして、遺言の制度は、ご本人の意思を尊重し、法律によって守りましょうとする制度です。
つまり、遺言者本人の意思が何よりも大切なのです。
遺言者は遺言書を作成したからといって一切遺言書に拘束されるものではありません。
したがって、遺言書の撤回や変更、財産を処分することも自由です。
例えば、『長男Aに土地家屋を相続させる』と記載したとしても、生前であれば財産を自由に処分することも可能です。
あるいは、長男Aとは大ゲンカをして、Aには遺産を何もくれてやるものか!と思い、そんな時に優しくしてくれた次男B。
土地家屋は次男Bにあげたい!と思った場合には、例え遺言書に『長男Aに土地家屋を・・・』と記載していたとしても次男Bに生前贈与するということも可能なのです。
このように衝動的なことであっても、それがご本人の意思ですから尊重されるのです。
遺言書の内容を変更することや遺言をしなかった状態に戻すことを『遺言を撤回する』と言います。
そして、遺言者が作成した遺言を撤回するためには、原則として遺言の方式に従って、遺言の全部または一部を撤回する必要があります。
つまり、遺言の内容を変えたい場合、遺言書を撤回し、あらためて遺言の方式に従った遺言書を作成しなおす必要があります。
遺言書が撤回されたとみなされるケース
しかし、例外的に遺言書が撤回されたとみなされる場合が法律で規定されています。
民法 第1023条1項 前の遺言が後の遺言と抵触する時は、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
民法 第1023条2項 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
上記でご紹介した条文についてご説明します。
後の遺言で前の遺言を撤回した
民法第1023条第1項については、日付の古い遺言書と日付の新たな遺言書が複数枚発見された場合についての規定です。
日付の古い遺言書の内容と日付の新たな遺言書の内容が違う場合、内容の違う箇所が撤回され、新たな遺言書の内容が採用されるという内容です。
古い日付に記載してありつつ、新たな日付の遺言書に記載していない箇所については撤回はなかったものと解されます。
そして、遺言書に記載された財産を処分した場合に適用される規定が民法1023条第2項です。
この条文は遺言書に記載した財産を生前に処分、その他の法律行為をした場合にも前項と同様です。という条文です。
つまり、遺言書に記載した財産を生前のうちに処分してしまった場合、遺言を撤回したとみなされます。
したがって民法1023条第2項の規定により、遺言書に記載した財産を処分してしまった場合には、自動的に遺言の撤回とみなされます。
合わせて読みたい:行政書士が解説!遺言の部分的な変更と全部撤回について
遺言書に記載してある財産が生前のうちに処分された
本来、遺言書の内容を変更するためには遺言の撤回が必要です。
そして、遺言書に記載してある財産が生前のうちに処分された場合、遺言の撤回があったものとみなされるとお話ししました。
しかし、遺言書に記載してある財産について生前に処分があった場合に撤回したとみなされるのはその財産について記載された一部分だけが撤回されます。
したがって、遺言の内容がすべて撤回され、遺言書自体が無効となるわけではありません。
例えば、『第一項 長男Aに甲不動産を相続させる、第二項 次男Bに乙不動産を相続させる』という遺言が書いてあるのに、甲不動産がすでに処分されていた場合。
撤回したとみなされるのは『遺言と抵触する生前の処分があった』とされる箇所のみです。
つまり、『甲不動産以外の遺産』については、遺言書の記載通りに効力を発します。
したがって、『長男Aに対する甲不動産』の相続は撤回されますが、「次男Bに対する乙不動産の遺言」は有効ということです。
Aは甲不動産の権利を得ることはできませんし、遺言者が不動産を処分して得た財産についても相続する権利もありません。
遺言書によって指定がない場合には、すべての相続人間で遺産分割をすることになります。
完全に内容を変えたい場合にはやはり遺言書を撤回して新たに遺言書を作成しなおす必要があります。
しかし、遺言書に記載した財産であっても必ずしも撤回し、遺言書を作り直す必要はありません。
財産の生前処分により遺言を撤回したとみなされる要件
財産を処分したことによって遺言を撤回したものとみなされるには、以下の3つの要件が必要です。
①遺言者本人の行為であること ②生前処分その他の法律行為であること ③遺言に抵触する行為であること |
財産処分が遺言者本人の行為であること
遺言を撤回したものとみなされるためには、財産の処分が遺言者自身によってなされたものである必要があります。
遺言は本人の意思が何より大切ですから、撤回についても本人の意思が尊重されていることが必要です。
従って、本人の意思によらない処分行為の場合は、遺言の撤回の効力が生じません。
生前処分その他の法律行為であること
生前処分とは、遺言の対象である権利や物についての処分のことで、有償か無償かは問いません。
また、その他の法律行為とは、生前処分ではない法律行為や財産に関係のない一切の法律行為を言います。
例えば、終生扶養を受けることを条件として養子縁組をしたが、養子に対する不信の念を強くしたために協議離縁をした場合、その遺言は取り消されたものとみなされると判断された判例などがあります。
遺言に抵触する行為であること
遺言が撤回されたとみなされるためには、遺言の内容と矛盾する生前処分その他の法律行為がされることが必要となります。
抵触するかどうかは、形式的に決まる物ではなく、遺言の解釈によりその前趣旨から解釈されます。
遺言の内容に反する財産処分をする注意点
遺言の内容に反する財産の処分をする際には以下の点にご注意ください。
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処分をしても遺言の撤回があったとみなされるのは該当する箇所のみ
遺言の内容に反して財産を処分してしまった場合、遺言の内容に抵触し、遺言が撤回されるのはあくまでも抵触する部分のみです。
不完全になったからといって作成した遺言書のすべてが無効となるわけではありません。
残りの部分については有効に成立するという点にご注意ください。
処分したことにより遺言の公平性が欠けるとトラブルの元になりかねない
遺言に記載してある財産を処分し、撤回後の遺言の公平性にもご注意ください。
ご自身の財産ですから自由な処分が許されることは当然です。
法律もご本人の意思を尊重します。
しかし、公平性を欠く遺言は遺産相続トラブルの火種ともなりかねません。
最初に作ったときは公平な内容の遺言書だったにもかかわらず、むやみやたらと処分をしていると公平性を欠いたアンバランスな遺言書となりかねません。
遺言書に記載された財産であっても処分することは可能です。
とはいえ、あまりにも当初の遺言から外れてしまった場合には遺言書の作成しなおすことも一つの方法ではないでしょうか。
合わせて読みたい>>遺言書に不備や誤字があったら?効力や修正方法について行政書士が基礎知識を解説!
生前処分をした場合は改めて遺言書を作成した方が安心
遺言書に記載した財産であっても処分は可能であるということ、遺言書をあらためて作り直す必要がないということについてご説明しました。
遺言を作成したからといって効力が発生するのは遺言者の死後ですから、それまでは遺言書に拘束されることなくご自身にとって都合の良いように財産を処分することができるのは望ましいのではないかと思います。
しかし、遺言書を作り直す必要もないからといって何も考えず処分をしていってしまうと相続人間で不公平が生じ、紛争の火種ともなりかねません。
相続人間のトラブルを望む人はいないのではないでしょうか。
トラブルを避けるためにも、様々な財産を処分した場合には改めて遺言書を作りなおすことを検討されることをおすすめします。
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<参考文献>
・常岡史子著 新世社 『ライブラリ 今日の法律学 8 家族法』