「遺言執行者が亡くなったら遺言の執行はどうなるの?」
「遺言執行者が亡くなったら遺言は無効になってしまうのか?」
「遺言執行者が亡くなった場合、相続の開始前後で何か違うの?」
遺言書を作成したとき、遺言執行者の指定をする方も多いと思います。
遺言執行者は遺言の内容を実現する役割を担いますが、遺言者が亡くなるより前に亡くなる場合もあれば、遺言者が亡くなって相続が開始した後に亡くなる場合も十分に考えられます。
指定した遺言執行者が亡くなってしまった場合、作成した遺言の執行はどうなるのでしょうか。
実は相続開始前に遺言執行者が亡くなった場合と、相続開始後に遺言執行者が亡くなった場合とで、対応が異なってくるのです。
今回のコラムでは、遺言執行者が亡くなった場合の相続手続きがどうなるのかについて解説したいと思います。
目次
遺言執行者が亡くなっても遺言自体は有効
長岡:「こんにちは。長岡行政書士事務所の長岡です。今回もよろしくお願いします。」
Aさん:「こんにちは!今回は遺言執行者について質問があります。」
長岡:「遺言執行者については、今までのコラムでも何回か触れてきましたね。今回はどのような内容の質問でしょうか。」
Aさん:「はい、遺言執行者は遺言書に書いて指定するので、その遺言執行者が亡くなった場合、遺言は無効になってしまうのか疑問に思ったのです。」
長岡:「なるほど。確かに、指定した者がいなくなってしまったのですから、無効になりそうな気もしてしまいそうですね。」
Aさん:「はい。それに、遺言の手続きをする者がいなくなり遺言を実現できそうになく、無効になりそうな気がします。」
長岡:「そう感じてしまうかもしれませんが、遺言執行者が亡くなったからと言って遺言自体が無効になるわけではなく、遺言は有効なのです。」
Aさん:「そうなのですか!では、遺言の執行手続きはどうなるのですか?」
長岡:「では今回は、遺言執行者が亡くなった場合の相続手続きについて解説したいと思いますので、一緒に確認していきましょう。」
Aさん;「はい、よろしくお願いします。」
相続開始前(遺言執行者就任前)に亡くなった場合
遺言書で指定した遺言執行者が亡くなった場合、亡くなったのが相続開始前と相続開始後では、手続きが異なります。
相続開始前に遺言執行者が亡くなった場合は、遺言執行者がまだ就任していない状態ですので、次の2通りの方法が考えられます。
- 新たな遺言執行者を指定する。
- 相続開始後に遺言執行者の選任申立てをする。
長岡:「以上が、相続開始前に遺言執行者が亡くなった場合の手続きになります。」
Aさん:「相続開始前であれば、遺言の書き換えでも相続開始後に選任申立てでも、新しい遺言執行者をたてて相続手続きをしてもらえば良いことになりますね。」
長岡:「そうですね。まだ相続開始前ですから、遺言執行者をどうするのか決めておけば良いことになります。」
まずは相続開始前に遺言執行者が亡くなった場合の対応方法について解説します。
新たな遺言執行者を指定する
遺言書の内容は何度でも書き直すことができますので、亡くなった方の他に指定したい遺言執行者がいた場合、その人を新たに遺言書で指定することができます。
このときの遺言執行者の指定は、遺言書を書き換えて新たに作成することになります。
相続が開始されれば、新たに指定された遺言執行者が相続手続きを行うことになります。
遺言の修正方法についてもいくつか注意点があるので、こちらの記事を参考にしてください。
合わせて読みたい>>遺言の一部だけ修正できる?部分的な変更と全部撤回について行政書士が解説!
相続開始後に遺言執行者の選任申立てをする
亡くなった遺言執行者のほかに指定したい人がいない場合や、遺言者の判断能力が衰えており新たに指定することができない(遺言書を書き直せない)ような場合ようなときなどは、相続開始後に利害関係人が遺言執行者の選任申立てをすることができます(民法第1010条)。
この遺言執行者の選任申立ては家庭裁判所に対して行い、申立て時に候補者を立てることができますので、相続人や受遺者の一人、知り合いの専門職の者、あるいは自分自身を候補者として指名することが可能です。
申立て後家庭裁判所で審判されたのち、遺言執行者が選任され、その者が相続手続きを行うことになります。
相続開始後(遺言執行者就任後)に亡くなった場合
Aさん:「それでは、相続手続きが開始された後に遺言執行者が亡くなった場合、どのような影響があるのでしょうか。」
長岡:「では次に、相続開始後に遺言執行者が亡くなった場合、相続手続きはどのようになるのかについて、説明しましょう。ところで、相続開始後の遺言執行者の死亡について説明する前に、触れておきたい内容があります。」
Aさん:「どのようなことでしょうか。」
長岡:「相続開始は遺言者の死亡時ですが、遺言者の死亡によって直ちに遺言執行者に就任するわけではないということです。すなわち、相続開始イコール遺言執行者の就任ではありません。」
Aさん:「では遺言執行者はいつ就任するのですか?」
長岡:「遺言執行者に指定された者がそれを引き受けるかどうかは自由ですので、遺言執行者が引き受けることを承諾した時点となります。」
Aさん「でも、いつ承諾したと言えるのですか。」
長岡:「遺言執行者が就任を承諾した場合、直ちに任務を行う必要があります。また、任務を開始したときには直ちに相続人に通知する義務がありますので、任務開始を通知したことで、遺言執行者が承諾し、就任したと言えます。」
参照条文:民法第1007条 Wikibooks
Aさん:「ではここで説明頂くのは、相続開始後遺言執行者が就任したのちに、遺言執行者が亡くなった場合、ということですね。」
長岡:「正確に表現するとそうなりますね。細かい話ですが、相続開始後、遺言執行者が承諾する前はまだ就任前ですので、この段階で遺言執行者が亡くなった場合は、前述した相続開始前と同様になりますので、家庭裁判所への選任申立てを行うことになります。」
長岡:「前置きが長くなりましたが、ここからは、遺言執行者が『就任後』に亡くなった場合の相続手続きについて説明していきましょう。」
Aさん:「はい、お願いします!」
死亡により遺言執行者の任務は終了して地位は喪失される
遺言執行者が亡くなった場合、死亡により遺言執行者の任務は終了し、遺言執行者の地位は喪失されます。
遺言執行者の地位は喪失されますので、遺言執行者の相続人は「遺言執行者の地位」を承継することはありません。
遺言執行者の相続人には応急処分義務などがある
遺言執行者の相続人は「遺言執行者としての地位」は承継しないものの、何もしなくて良い、というわけではありません。
遺言執行者の任務が終了した場合は、民法654条と655条で定める委任の規定が準用されます。
法律の条文の具体的な定めは、次のようになっています。
(民法第1020条:委任の規定の準用)
第654条及び第655条の規定は、遺言執行者の任務が終了した場合について準用する。
上記の定めにより、遺言執行者が亡くなり任務が終了した場合、民法654条と民法655条の規定が準用されることがわかります。民法654条・655条の規定は、以下の通りです。
(民法第654条:遺言執行終了後の処分)
委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者又はその相続人若しくは法定代理人は、委任者又はその相続人若しくは法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない。
(民法第655条:遺言執行終了の対抗要件)
委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、これをもってその相手方に対抗することができない。
民法654条では遺言執行者が執り行っていた事務手続きをどうすべきかについて規定し、民法655条では遺言執行者が亡くなって執行事務が終了したことを第三者に主張することが出来る場合について定めていますので、次項でこれらについてくわしく解説したいと思います。
民法654条の規定を遺言執行の事務についてあてはめた場合、遺言執行者の相続人には以下のような対応が必要だと考えられます。
- 応急処分義務
遺言執行者の相続人は、遺言執行者が亡くなったからいってそれまで遺言執行者が取り扱っていた事務手続きを放置してはいけないことが規定されています。遺言者の相続人がそれを引き継ぐまでの間、必要な処分をすべき義務があるといえます。 - 保管していたものの引渡し
遺言執行にあたって預かっていた通帳や遺言書などの物件は、すべて相続人や新しい遺言執行者に引き渡さなければいけません。 - 遺言執行業務の進捗状況の報告
遺言執行者が何の手続きをどこまで行っていたか、遺言執行者の相続人は知ることのできた範囲で相続人等に報告する必要があります。②の保管物の確認・引き渡しと共に、そこから分かる状況を説明することになるといえます。 - 死亡通知
「遺言執行者の死亡により遺言執行の任務が終了した」旨を、遺言者の相続人等に通知する必要があります。
この通知の際、遺言執行者の戸籍謄本等を添付して、遺言執行者の死亡の事実を明確にしておくことも大切です。 - 報酬の請求
民法654条に基づく処分や手続きとは異なりますが、遺言執行者が生前執り行った手続きについて権利義務が発生していた場合、この権利義務については相続人に承継されることになります。
遺言執行に係る報酬は遺言執行者が生前有していた権利になりますので、遺言執行を終えていた範囲については遺言執行者の相続人が報酬の請求権を相続し、遺言者の相続人に対して請求をすることができます。
長岡:「以上が遺言執行者の相続人が対応すべき一連の手続きになります。」
Aさん:「なるほど、遺言執行者の相続人が、相続人や新しい遺言執行者に引き継ぐまでの間、状態を維持するために必要な対応をするのですね。」
長岡:「そうなります。ただ、保管物の引渡しなどは確実に行いますが、執行業務の報告などは、執行者本人でなければ全部を知ることは難しいと言えますので、分かる範囲で、ということになります。」
遺言者の相続人は家庭裁判所に新たな遺言執行者の選任を申し立てる
長岡:「それでは次に、遺言者の相続人がすべきことについて説明しましょう。」
相続開始後、執行に着手していた遺言執行者が亡くなった場合、遺言者の相続人などの利害関係者は家庭裁判所に新たな遺言執行者の選任を申し立てることができます。
この場合、相続開始前の死亡のときと同様、選任された新たな遺言執行者がその後の手続きを行うことになります。
また、新たな遺言執行者を選任せずに相続手続きを進めることもできますが、その場合、その後の手続きはすべての遺言者の相続人が協力して行っていく必要があります。
遺言執行者の死亡に備えるためのポイント
遺言執行者が就任後に死亡した場合、執行業務が途中で滞り、遺言を実現するのに長い時間を要してしまいます。
このような事態を避けるため、遺言書で遺言執行者を指定する際には以下のような対応をしておくことができます。
- 複数の遺言執行者を指定する
- 予備的な遺言執行者を指定する
- 法人を遺言執行者に指定する
複数の遺言執行者を指定する
遺言執行者は一人である必要はありません。複数の指定も可能ですので、これにより、遺言執行者がいなくなる、という事態を避けることができます。
予備的な遺言執行者を指定する
予備的な遺言執行者とは、「遺言執行者に指定したAが亡くなった場合は、Bを遺言執行者として指定する」というように遺言執行者を指定しておくことを言います。
1のように複数人の遺言執行者を指定した場合、遺言執行者の役割分担や連絡が煩雑になりスムーズな遺言執行が図られない場合がありますが、予備的に遺言執行者を指定したときはそのようなことはありませんので、有効な方法の一つと言えます。
法人を遺言執行者に指定する
遺言執行者は、法人でもなることができます。
法人であれば死亡という事実はありませんので、弁護士法人などの法人を遺言執行者に指定しておくことも、対策の一つと言えます。
遺言執行者は複数または法人を選任するとリスクを減らせる
今回は、遺言執行者が就任後に亡くなった場合の相続手続きについて解説しました。
遺言執行者は遺言の実現をスムーズに行うためにとても大切な存在です。遺言執行者が相続開始より前に亡くなってしまう心配がある場合は、遺言作成時に対策をしておき、遺言執行者の死亡による相続手続の停滞というリスクを軽減しておくことが大切だと言えます。
しかし、複数の遺言執行者の指定や予備的な遺言執行者などは身近なことではなく、遺言をどう書くべきかなかなか分かりづらいことでもあります。
横浜市の長岡行政書士事務所ではそれら遺言作成の悩みや疑問点に親切・丁寧に対応しておりますので、遺言書作成を考えている方、どのような内容にして良いのかお悩みの方は、ぜひ一度相談にいらして下さい。
合わせて読みたい>>遺言執行者の権限を遺言書に明記する書き方|行政書士が分かりやすく解説!
遺言執行者を選任後、執行者が先に亡くなったり、職務不能に陥るリスクは実務でもよくあります。
特に高齢の専門家が遺言書作成に関与し、そのまま専門家を執行者に選任するケースで先に死亡するケースもあります。
そういったことも含め、執行者は複数選任することや法人を選任することで対応していくのが望ましいと言えます。
せっかくの遺言書が実現しなかったら嫌ですもんね。
最後までお読みいただきありがとうございました。