「実は困ったことになりました! 以前、母が遺言書を書いたんです。最初は次男である弟に相続をさせるつもりでしたが、いろいろあって長男である私が受け取ることになりましたが、やっぱり次男にという話で二転三転してしまったのです。遺言を一度撤回していますが、さらに再度の撤回って…さすがに無理ですよね?」
おやおや、いろいろとご都合が変わってしまったのですね。もう少し詳しくお話を聞いて整理してみたところ、以下のような流れになっているわけですね。
- ご家族は、お母さま、相談者さん(長男A)、次男Bの3人でお父様はすでに他界している
- お母様は最初、子だくさんで多額の教育費がかかる次男Bに預貯金を渡そうと考え、遺言書を書いた
- ところが、お母さまは、長男Aが負担しているお母さまご自身の介護費用を気にされ、家族話し合いのうえ、次男Bへの遺言書を撤回した
- その後、さらに事態が変わり、次男Bがケガをし、仕事に制限がかかるようになってしまったため、やはり次男Bへの遺言書に書き換えたい
- つまり、遺言書の撤回そのものを撤回したい
人間、いつどんなことが起きるかわかりませんものね。こういう事例があっても不思議ではありません。
この記事を詳しく知りたい方はこちら:相談事例:遺言の「撤回の撤回」は認められるのか?
目次
作った遺言書をやっぱり「やめたのをやめた」は通用しない?
まず便宜上、それぞれの遺言を次のように呼ぶようにしましょう。
- 最初に書いた遺言書:第1遺言
- 第1遺言を撤回して作成した遺言書:第2遺言
遺言の内容は自由に書くことができますから、一度書いた遺言でも、部分的に書き直したり全部を撤回することができます。これは民法1022条で規定されています。
今回のケースでは、最初に書いた「長男Aに預貯金を相続させる」という第1遺言を撤回し、新たに「次男Bに預貯金を相続させる」とする第2遺言を作成したわけですよね。これは、法律的にも有効だということがわかります。
問題なのは、「やっぱり長男Aに預貯金を相続させる」ために、第2遺言を復活させられるかどうかです。
結論から申し上げると、「撤回はできるが、1度撤回した遺言の復活を意味する『撤回の撤回』」は原則できないとされています。
これは、民法1025条で規定されており、「前三条の規定(※1)により撤回された遺言は、その撤回行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が詐欺又は脅迫による場合は、この限りではない」と明記されています。
(※1)前三条の規定とは
1022条 遺言の撤回の規定
1023条 前の遺言と後の遺言の抵触の規定→抵触した部分につい前の遺言が撤回されたとみなされます。
1024条 遺言書又は遺贈の目的物の廃棄→遺言が撤回されたとみなされます。
第2遺言の撤回で第1遺言の効力が復活?
「ひとつ疑問があります。第1遺言の効力をなくすために書いた第2遺言を撤回したら、第1遺言の効力が復活することになるんでしょうか?」
まさにこれこそが遺言の「撤回の撤回」のややこしい部分と言えますね。
もし第2遺言を撤回し、長男Aでも次男Bでもなく別の人物に預貯金を相続させると書いた第3遺言が新たに作成されたら、撤回の問題ではなくなります。
つまり、新たな遺言が作成されていることから、第1遺言が復活することにはなりませんね。
しかし、第3遺言に「令和3年3月11日に作成した遺言(第2遺言)の全部を撤回する」とだけ書かれていたとしたら、民法1025条の定めにより、最初の遺言は原則復活しないわけなのです。
詐欺・脅迫によって第1遺言が復活するケース
「さっき『詐欺又は脅迫による場合』という説明を受けましたが、そんなことってあるんですか? なんだか怖いですね…誰から脅迫されるんだろう?」
はい、悲しいかな、そういうことがないとは言えないんです。
先ほど「最初の遺言は原則復活しない」と言った際の「原則」は、詐欺・脅迫と言った例外があるからなんです。
もちろん、ご相談者様の家で起きると決めつけているわけではありませんよ。
例えばの話ですが、第1遺言で預貯金が長男Aに渡ることを次男Bが快く思っていなかったとしましょう。
次男Bが母親を脅したり騙したりして、「次男Bに相続させる」という第2遺言を作成してしまったら大問題ですよね。
こうした理由に第2遺言を取消した場合は、最初の第1遺言が復活する場合があるわけなのです。
複雑になりがちな遺言書の撤回問題
「そうなんですね。民法で規定もされているなら、しっかりと法に則って手続きをしないといけないんですね。ややこしくなればなるほど、素人判断ではダメなんだとわかりました。ぜひゆっくりお話を聞いてもらえませんか?」
はい、もちろん安心していただけるよう、喜んでご協力させていただきます。
遺言は自分自身の最後の意思を示す大切なものです。
多少手間はかかったとしても、伝えたい内容を、正しい方法できちんとまとめた記遺言を新たに作成し、スムーズに相続を終えていきましょうね。
何かございましたらいつでも長岡行政書士事務所にご連絡くださいませ。