故人が常世――つまり、あの世から見守ってくれているのは心強いばかりですが、「見守る」というにも、いろんなケースがあります。
後悔なく旅立ち、家族の幸せを見守る場合もあれば、残された家族への心配事があり、なかなか旅立てないケースもあります。
そう、ここは黄泉比良坂(よもつひらさか) 1丁目1番地。黄泉の国へ行く前に、亡くなられた方が現世に後悔を残さないようにするために設けたれた相談所なのです。
古くは、日本神話に登場する伊邪那岐(いざなぎ)が、伊邪那美(いざなみ)逃げのびた際にあった千引の岩があった跡地に、私たちの相談所はあります。
後悔に引きずられないよう、ここで不安を解消してもらって、無事に常世へと旅立っていただくのが、私たち相談員の役割なのです。
申し遅れました、私、相談員兼ストーリーテラーの桃木と申します。
今回お越しになったのは、ご高齢のお父様と夫、そして弟を現世に残してきたAさん(横浜市在住/女性)です。
目次
相続では相続人以外の者には財産を譲れない
先に他界しておられたお母様と天国で再会を果たしたはいいものの、残された父親と相続のことが気になって、雲の隙間から下界を見ては心配そうにためいきをついています。
さっそくお悩みを聞いてみますと、Aさんのお悩みを次のようなものでした。
《Aさんのお悩み》
- Aさんは先日交通事故で他界してしまった
- Aさんの配偶者であるBさんが気丈に父を支え、父も前向きに考えられるようになった
- 父はBさんに心から感謝している
- AさんとBさんは父名義の家に暮らしていた
- 父はそのままBさんに家を譲り、住み続けてほしいと願うようになった
- Bさんもその気持ちを正面から受け止め、思いである家を大切にしたいと考えている
- しかし、Aさんの弟であるCさんがその相続(考え)に難色を示している
亡子供の配偶者は法律上の相続人にはなれない
桃木「それはお辛いことだったでしょう。確かにご主人は気丈にもお父様を励まされておいでですね。お父様も心から感謝しているのが、こちらからでもよく見て取れます」
Aさん「でも長男の問題が…。父と長男は昔から仲が悪くて、ほぼ家出同然だったのですね。しかもアイツったら、私が事故にあっても連絡一つよこさないし、父もほったらかしでしたし。お金の話になったらしゃしゃり出てくるなんて、身内として恥ずかしいです」
桃木「お気持ちお察しします。つまり、お父様はCさんには継がせたくなく、人情的にもBさんに家を大切に守ってほしいのですね。しかし、結論から言うと、実はAさんの配偶者であるBさんには法律上の相続権がありません」
Aさん「えっ! じゃ、結局あの家は弟のものになるってことですか?」
桃木「そうです。ただし、『何もしなければ』という条件が付きます」
Aさん「何もしなければ…何かをするとしたら何になるんでしょうか?」
法律上は法定相続順位が決まっている
桃木「何もせずにというのは、遺言書を残さなければということです。逆を言えば、遺言書を適切に残すことで、お父さまの希望を満たすことができるのです」
Aさん「父はどう考えているのかしら? 遺言書がないとどうなるんですか?」
桃木「遺言がないと法律に則って遺産を分配することになります、これを法定相続と言うんです。法定相続では遺産を相続する順位が決められているんです」
遺言を残しておかないと法定相続順位が優先される
《法定相続の順位》
- 第1順位:子ども、代襲相続人(直系卑属)
- 第2順位:親、祖父母(直系尊属)
- 第3順位:兄弟姉妹、代襲相続人(傍系血族)
※配偶者は常に法定相続人となる
合わせて読みたい①:新人補助者ひまりの事件簿① 法定相続人の範囲~配偶者と子供編~
合わせて読みたい②:新人補助者ひまりの事件簿② 法定相続人の範囲~配偶者と両親編~
合わせて読みたい③:新人補助者ひまりの事件簿③ 法定相続人の範囲~配偶者と兄弟編~
桃木「こちらの順を見てわかる通り、故人(被相続人といいます)に配偶者と子と親がいた場合は、まず配偶者と子に遺産が受け継がれますよね」
Aさん「つまり父から見て配偶者とは私の母、子は私と弟(Cさん)ということですね」
桃木「そうなんです。ご覧のとおり順位表の中には、この配偶者という記載がありません。つまり、子には相続権があっても、子の配偶者には相続権がないことになります」
Aさん「でも籍を入れて家族になっているのに?」
桃木「法律上はあくまで血縁、血のつながりで相続が考慮されるんです」
Aさん「でも、それじゃあまりに父も夫もかわいそうで…」
被相続人に特別な貢献をした人に認められる「寄与分」と「特別寄与料」
桃木「そうですよね。ですから、その問題を解決すべく法律では寄与分という考え方があります」
相続人でないと寄与分は認められない
桃木「寄与分とは、遺産の維持や形成に特別な貢献をした相続人がいる場合、その相続人の遺産取得分を増やすことです」
Aさん「特別な貢献?」
桃木「親に対して献身的な介護をしたりする場合です。そうするとCさんよりも、寄与分だけ相続の取り分が多くなる可能性があるんです」
Aさん「今回でいえば、私の夫(Bさん)のケースは貢献になりますね。では、夫は寄与分をもらえるのですか?」
桃木「そう思いがちですが、先ほどの説明の通り、Bさんは相続人としての権利を持っていません。配偶者のAさんがいくら被相続人を支えても寄与分は発生しないんです」
Aさん「そんなのってあんまりです!」
相続人以外は特別寄与料という制度がある
桃木「はい、私もそう思います。ですので、下界では、2017年より特別寄与料という制度が創設されました」
Aさん「特別寄与料?」
桃木「この制度では相続人でなくても親族であれば対象に含まれます。つまり、Bさんも特別寄与料の対象範囲となるのはなるかもしれません」
Aさん「何か奥歯に歯の詰まったような言い方…」
桃木「竹を割ったように話せず、申し訳ありません。無償での労務や療養看護の提供が要件の一つですので、介護などが行われていた場合はこの特別寄与料の要件を満たします。でも今回は、会いに来たり励ましたりという行為のみですので、その場合は認められない可能性もあるのです」
Aさん「やっぱりダメなのね…」
合わせて読みたい:親の介護を頑張った!相続の時には寄与分として考慮されるの?
遺言書を適切に使うと法定相続人以外にも遺産を残せる
桃木「そこで、出てくる方法が2つあります。養子縁組と遺言書です。養子縁組は将来の解消のことなどを踏まえて慎重に検討すべきですので、今回は遺言書について紹介しましょう」
遺贈として遺産を残す相手を相続人以外でも指定できる
桃木「遺言書でBさんを指定するという方法であれば、遺産の全部または一部を相続人や相続人以外に与えることができるんです。これを遺贈といいます」
Aさん「つまり父が遺言書を書けばいいんですね?」
桃木「その通りです。その前に、遺贈の種類をお伝えしましょう。遺贈には2種類ありまして、次のような内容です」
2種類ある遺贈の種類
- 特定遺贈:受け継がせたい財産を遺言書で指定
- 包括遺贈:財産を受け継がせたい人物を指定し、財産に関しては割合もしくは全部と指定
桃木「今回のケースではBさんに対して贈りたい財産が家であるとはっきりしていますよね。ですので、Cさんとの協議を避ける点においても特定遺贈にすべきでしょう」
Aさん「よかった! これで父も夫も思いを果たせますし、私も心残りがなくなります」
合わせて読みたい:特定遺贈とは?包括遺贈との違いやメリット・デメリットをわかりやすく解説
遺言書を作成する場合は要件に注意
桃木「はい。もっとも遺言書が法律で定めた要件を満たしていることが大切ですのでそこには注意を払う必要があります」
Aさん「法律で定めた要件を満たす遺言書というのは、どういうものなのですか?」
桃木「遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言という2つの方法があります。自筆証書遺言は自分で書くことができ費用も安い反面、形式不備により無効になりやすいというデメリットがあります。より安全性が高くしっかりと自分の遺志を有効にするのであれば、公証人に遺言書を作成してもらう公正証書遺言を利用することをおすすめします」
Aさん「ありがとうございます」
桃木「2種類の遺言書については、こちらで詳しくまとめていますので、お時間があるときにでも見てみてください」
自筆証書遺言について詳しい説明はこちら:自筆証書遺言
公正証書遺言について詳しい説明はこちら:公正証書遺言
亡子供の配偶者に財産を譲る場合は遺言書作成が必要
Aさん「法律も、きちんと故人の思いをくみ取れるようにできているものなんですね。ちょっとややこしかったけど(笑)」
桃木「そうですね。でもお父様、下界の行政書士事務所に相談に行き、私と同じようなアドバイスをもらっているようです。ほら、表情が明るくなっていると思いませんか?」
Aさん「ほんとだ! 長岡行政書士事務所…というのかしら? ニコニコしながら出てきたわ。あら? 後ろにぶすっとした顔の猫がついて出てきた」
桃木「ああ、あれは吾輩シリーズの名もなき猫ですね。よかったら専門用語検索窓から「吾輩」と検索してみてください」
Aさん「シリーズ?」
桃木「…いえ、こちらの話で。これでAさんも無事に旅立つことができそうですね。そのほか、心残りはありませんか?」
Aさん「はい、本当にありがとうございました」
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