遺言者が遺言書記載の財産を生前処分していたとき、法律的には有効なのでしょうか。法律の話は「難しくて理解できない」という方も多いかもしれません。この記事では、遺言書を書いた場合にどのような効果が生じるのか等昔話風に解説します。遺言書に記載した財産を生前処分したときについて分かりやすく知りたい方は、ぜひ最後までご覧ください。
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんとおばあさんがかわいがっていた犬、シロが「ここ掘れわんわん」と小判を探り当て、なんと2人は大金持ちに。
愛情を受けて育ったシロは人間になることができ、おじいさんとおばあさんの幸せな看取りをできるまでになりました。
さて、そんなシロは、おじいさんの遺言書を見たことがきっかけとなり、行政書士になりました。
今では「シロ行政書士事務所」とし、近隣の村人たちのよき相談相手。
「シロが、『ここ大事わんわん』と教えてくれたら、見事に問題が解決するのう! ただ、言葉遣いがもうちょっとなんとかならんかのう…」
さてさて、今回は、そんなシロのもとに、遺言書に書いた財産を生前に処分したいというおじいさんがやってきました。
このおじいさん、村ではカミナリじいさんとして有名で、得意技は怒りに任せたリアルちゃぶ台返し。
あまりにちゃぶ台をひっくり返しては壊すので、いっそのこと、と自分で「何度ひっくり返しても壊れないちゃぶ台」を作って商いをしたところ、大当たりしたというプチ成金な御仁でした。
カミナリ「わしはもう、ビタ一文残さんと決めたんじゃ! 遺言書? そんなもん知らん! わしがやらんと言ったら、やらんのじゃ!」
目次
遺言の効力が生じるのはいつから?
シロ「まあまあ。なんだか事情がおありのようですが、今回は、どんなちゃぶ台返しがあったんですか?」
カミナリ「話せば長くなるんだがのう…」
シロ「10秒でまとめてください」
カミナリ「…え? いやあの、わしが遺言状を書いて、息子に残す遺産を定めたんじゃ。でもあのバカ息子…とにかくほとほと愛想がつきたんでな。で、遺言書なんかもう知らん、お前には何も残さん、と」
シロ「ジャスト10秒、やればできるじゃないですか」
カミナリ「お、う、おお…そうかい?」
遺言を遺した本人が死亡したときから
シロ「ということは、遺言書はもうあるわけですよね。でも遺言通りにしたくなくて、財産は生前処分したいと」
カミナリ「そういうことじゃな。じゃが、息子の前で威張ったはいいものの、そういうことができるか不安でのう」
シロ「結論から言うと、まあ、できますね。そもそも遺言の効力は遺言者が死亡したときにはじめて生じます。ですから、くたばって…お亡くなりになっていない、いまはまだ効力はありません」
カミナリ「でも遺言書を書いたことで、お前に何らかの権利や利益を約束したぞという契約にはなるんじゃないのかえ?」
シロ「ならないですね。特定の財産を遺言書に記載し、遺言書が有効に成立したといっても、それはあくまで、くたば…お亡くなりになってからの話ですから」
カミナリ「さっきから、くたばるとか言ってない?」
シロ「要するに、おじいさんが生きているうちは、当然おじいさんの財産はおじいさんのもの。シンプルな話ですよ」
遺言書に書いた財産を生前処分できる?
シロ「そもそも『遺言』とは、遺言者の最後の意思表示です。遺言の制度は、ご本人の意思を尊重し、法律によって守りましょうとする制度です。要するに、遺言者本人の意思が一番大事ってことですね」
カミナリ「そうよな、やっぱり」
遺言者本人の意思であれば生前処分も尊重される
シロ「遺言書の撤回や変更、財産を処分することも自由ですし、たとえ衝動的な理由であっても、尊重はされるんです。…尊敬はされないでしょうがね」
カミナリ「そ、尊敬などされんでもええわい! じゃ、撤回や変更はどうしたらいいんじゃ?」
シロ「端的に言うと、遺言書を撤回してから、改めて遺言の方式に従った遺言書を作成しなおすと撤回になるわけです。これは民法第1023条1項で規定されています」
カミナリ「なんじゃ、拍子抜けするほど簡単じゃないか」
シロ「さらにいえば、民法1023条第2項で、遺言書に記載した財産を生前のうちに処分してしまった場合、遺言を撤回したとみなされると規定されています」
カミナリ「え、やっちゃっていいのかえ?」
あわせて読みたい:遺言の一部だけ修正できる?部分的な変更と全部撤回について行政書士が解説!
遺言の撤回をする前に財産を処分してもよい
シロ「もちろん基本的には、遺言書の内容を変更するためには遺言の撤回が必要にはなりますよ。でも遺言書に記載してある財産がどこにもなければ、遺言もへったくれもないでしょう。そういう場合は、その財産について記載された一部分だけが撤回されるわけです」
カミナリ「というと?」
シロ「遺言の内容がすべて撤回されて、遺言書自体が無効となるわけじゃないんですよ。『遺言と抵触する生前の処分があった』という部分のみ撤回されるんです」
カミナリ「うちの場合は、息子に自宅不動産を相続させると遺言で書いた。でもその自宅不動産がすでに処分されていたら、その内容は無効だというわけじゃない」
シロ「そうです。遺言書には、他のことも書くでしょう? その他のことは撤回されずに、自宅不動産を相続させるという部分のみ、なかったことになるんです」
カミナリ「もし遺言書に書いてあるすべての内容を撤回したい場合は?」
シロ「ちゃんと遺言書を作り直さないといけません」
カミナリ「よし、じゃさっそく自宅を売って…」
シロ「はいはい、ストップ。まだ早いですよ」
あわせて読みたい:遺言書の撤回の撤回はできる?状況変化に合わせた遺言の書き直し
財産の処分で遺言を撤回したとみなされるには?
シロ「財産を処分したことで、遺言を撤回したことにはなりますが、そのための要件も決まっているんです」
《財産の処分で遺言を撤回したと見なされる要件》
- 遺言者本人の行為であること
- 生前処分その他の法律行為であること
- 遺言に抵触する行為であること
遺言者本人の行為であること
シロ「①は、要するにおじいさん自身が処分しなくてはいけないということです。撤回についても本人の意思が尊重されなくてはいけませんからね。万が一、本人が意図しない処分は認められません」
カミナリ「そこは大丈夫じゃ。売る気満々じゃ」
生前処分その他の法律行為であること
シロ「それもどうなのよ…? ②の生前処分とは、遺言の対象である権利や物についての処分のことです。有償か無償かは関係ありません」
カミナリ「その他の法律行為とは?」
シロ「生前処分ではない法律行為や、財産に関係のない一切の法律行為ってことですね」
カミナリ「難しいのう…」
シロ「例えば、おじいさんが終生扶養を受けることを条件として養子縁組をしたとしましょう」
カミナリ「うちのバカ息子は、養子ではないが、例えばの話じゃな」
シロ「でも、養子との関係が悪くなり、死後のことを任せたくない…。昔の昼ドラとか、横溝正史作品に出てくるような、怨念VS執念ドロドロ系の話になったと思ってください」
カミナリ「…なんか、こわい…」
シロ「で、協議離縁をしたとすると、その遺言は取り消されたものとみなされる…そういう判例もあるっちゃあります」
カミナリ「…で、③は?」
遺言に抵触する行為であること
シロ「要するに、遺言に書かれたことのあべこべをやっちゃったときってことです。ちなみに、遺言の公平性には注意してくださいね」
カミナリ「波平さん?」
シロ「そうそう、サザエさんに出てくる波平さんのように、家族誰とでも…っておい! 公平性ですよ、公平性」
カミナリ「ああ、平等にってことじゃの」
遺言書記載の財産の生前処分は公平性を大事に
シロ「あくまで自分の財産ですから、好きにすりゃいいんですよ。でもね、最初に作ったときは公平な内容の遺言書だったけど、むやみやたらに処分をしてトラブルになることもあるんです」
カミナリ「まあ、そんなことをしたら、残された側がかわいそうじゃのう」
シロ「いまなんて言いました?」
カミナリ「かわいそうじゃ、と」
シロ「大事なのはそこでは? 遺言書を読むのは誰ですか?」
カミナリ「遺族…じゃの」
シロ「そう。相続人である遺族や、遺言執行者などです。やたらめったら変更だの取り消しだのしていたら、誰が困りますか?」
カミナリ「遺族…じゃの」
シロ「だったら、その遺族のことをしっかり考えてあげることも大事ですよね。もちろん自分の財産を自由にできはしますが、振り回される側になったら…」
カミナリ「……」
シロ「私だったら、そんなジジイの墓なんて掃除しません」
カミナリ「…そうかもしれんのう。わざわざトラブルを起こすために遺言書をいじるのもどうかと思う…わしが間違っていたのかものぅ」
シロ「そうですよ。息子さんと、もう一度、話し合ってみてください。えっと…どういうきっかけでケンカしちゃったかは知りませんけど」
カミナリ「…息子が自宅の土地にカジノを建ててボロ儲けして、毎晩六本木で美女はべらして豪遊したいって…」
シロ「そいつ、一回連れてこーい!」
この記事を詳しく読みたい方はこちら:遺言書に書いた財産を生前に処分した場合はどうなるの?その効果について解説!