法的に有効な遺言書を作成するときには、遺言者本人に「遺言能力」が求められます。まれにこの「遺言能力」の有無が争点となる事案もあるため、とくに高齢の方・認知症の疑いのある方が遺言書を残すとなれば、周囲の方は不安になるかもしれません。
この記事では遺言能力の有無を判断する基準について、必要資料や確認すべきポイントについて紹介します。
先日父が亡くなったとき、兄が父の自筆証書遺言を見せてきました。
遺言の内容は兄に遺産が多く分配されており、正直不満を感じています。
日付を見るとその当時父は既に認知症で入院していたはずです。
認知症の父が自分の意思で遺言を書けるわけがありません。
遺言が無効だと主張したいのですが、どのようにしたらいいのでしょうか。
ご相談いただき、ありがとうございます。
遺言をするには遺言能力が必要です。
お話をうかがった限りでは、どうもお父様の遺言能力には疑問符がつくようです。
いざ裁判になった時は遺言者本人の「遺言当時の遺言能力の有無を判断する資料」が決め手になりますので、遺言が無効だと主張するためにはしっかりと資料の準備をしなければいけません。
本日は遺言能力の説明と、どのような資料が遺言能力の有無を判断するのに有効とされるのかを解説させていただきます。
目次
そもそも遺言能力とは
まずは遺言が有効なものとして扱われるために必要な「遺言能力」について説明します。
遺言能力とは、遺言の内容を理解して、その結果自分の死後にどのようなことが起きるかを理解することができる能力のことです。
遺言能力が認められる要件は、次の2つです。
- 満15歳以上である
- 意思能力がある
ここでいう能力とは、一般的に商取引において判断を下すような能力よりは低い程度のものを意味するとされています。
よって、自分の行為の結果が通常人の様に理解できず法律の保護を受けている成年被後見人、被保佐人、被補助人であっても、一定の状況、遺言内容であれば、遺言能力は肯定されることがあります。
いいかえると、たとえば認知症の人が遺言書を書いたからといって、ただちに無効と判断されることではない、ということです。
遺言能力の有無は「総合的に」判断される
では、どのような状態であれば遺言能力がある又はない、と言えるはっきりした判断基準はあるのでしょうか。
実は、どのような状態であれば遺言能力を有すると言えるのかどうかについては、いまだに絶対的な判断基準は確立されていません。
遺言能力の有無は裁判において様々な要素を総合的に判断したうえで、遺言者に当該遺言に関する遺言能力があるかどうかが「総合的に」判断されてきています。
つまり、遺言の無効(もしくは有効)を裁判で主張するときは、遺言能力に関する資料をどれだけ集めて提出できるかによって結果が変わってくるのです。
遺言能力の有無を判断するのに使われる資料
それでは具体的に遺言能力判定に使われる資料を見てみましょう。
代表例は次の4つです。
- 長谷川式認知スケール
- 医者によるカルテ、検査結果といった医学的見地から残された資料
- 介護記録や看護記録、故人が遺言作成当時に書いていた日記など
- 遺言書そのもの
それぞれ詳しく解説します。
長谷川式認知スケール
神経心理学検査の「長谷川式認知スケール」 では、医師から本人に対して自分の年齢、今日は何日であるか、今自分がどこにいるのかなどの質問をして、その回答内容に点数をつけ点数によって認知機能の低下の具合を計測します。
具体的に質問を見てみましょう。
【質問】今日は何日ですか?
【評価】日にちを答えられたら正解、1点を加える
【質問】私たちがいるところはどこですか?
【評価】完全に正解できたら2点を加える
家ですか?病院ですか?など誘導を含むヒントによって正解できたら1点を加える
このような質問により本人の記憶力、計算能力、言語理解、空間認知、判断力、思考力、認識力などを数値化します。
点数が10点以下については遺言能力を認めないことが多く、11点~19点の場合はケースによって判断、20点以上の場合には遺言能力を認める可能性が高いとされています。
医者によるカルテ、検査結果といった医学的見地から残された資料
遺言者本人の入院通院していた病院等医療機関のカルテ(看護日誌、CT・MRI、各種検査内容を含む)も遺言能力の有無を判断する有力な資料となります。
本人が生きているときは相続人が遺言者のカルテのコピーを請求することはできませんが、死亡した時は法定相続人は、カルテの開示を求めることができます。
カルテの開示については、日本医師会の「診療情報の提供に関する指針」及び厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」の2つのガイドラインがあります。
この2つのガイドラインによりますと、医療機関は死亡に至るまでの診療経過や死亡原因等の診療情報を提供しなければならないとされています。
介護記録や看護記録、故人が遺言作成当時に書いていた日記など
介護士の介護記録や、自治体の介護認定を受けていた場合は介護認定票も重要な資料となります。
また、医療従事者による資料ではないですが、遺言者が日記などをつけていた場合はその内容と遺言内容に矛盾がないか、あれば合理的な説明がつくのかという点もチェックしましょう。
遺言書そのもの
実は遺言書そのものも、遺言能力の有無を判断させるときに役立ちます。
たとえば本人に遺言能力がなく、特定の相続人が誘導して書かせた自筆証書遺言のほとんどは極めて短い文言で全部自分に相続させる遺言であることがほとんどです。
遺言能力がない本人に細かい指示をして誤字脱字なく書き切ることには限界があるからです。
また、遺言の動機(理由)についても判断基準になります。たとえば子どもがいない遺言者を世話してくれた姉と、仲の悪い弟がいるケースであれば、「姉に全財産を渡す」という遺言内容は極めて自然だと考えられます。反対に、このようなケースで「弟に全財産を渡す」という短い文章の自筆証書遺言が残されていたとしても、遺言能力が疑われるかもしれないということです。遺言者と相続人(受遺者)の関係性についても、遺言能力の判断では注目されます。
逆にいえば、ある程度細かい内容の自筆証書遺言が作成されている場合、偽造でないことが証明できれば遺言が有効となる可能性が高くなります。
遺言内容の複雑性は、遺言能力の判断において重要な判断基準です。
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また、公正証書遺言は公証人などの客観的な第三者の関与があり、またいつから連絡を取って準備をし始めたかなどの時期もわかるので、問題とすべき遺言作成時の状況が特定しやすい傾向があります。
ただ、公正証書遺言では事前に文面の準備は可能であり、また遺言者本人が遺言作成の準備段階に参加してないこともあります。公正証書遺言であるから確実に有効というわけではないことに留意しておくべきでしょう。
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判断能力に問題がないうちに遺言書を書いておくと安心
遺言能力の有無を検討するための資料を解説いたしましたが、あくまでも証拠となり得るということであり最終的には裁判所の判断に委ねられることになります。
よって、できるだけ遺言能力に疑いがないうちに遺言を書いておくことをおすすめします。
既に遺言をするときに高齢になっている、もう認知症の症状が出始めているなど、遺言能力に疑いを抱かせるような事情がある場合には、医師の診察を受けて、本人のその時の状態を後で証明しておけるようにしておきましょう。
判断が難しい場合やどうしたらいいかという疑問がある場合は、ぜひ横浜市の長岡行政書士事務所にご相談ください。
我々は相続の経験が豊富にあり、皆様と共にベストな方法を見つけ出していきたいと思っております。
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