せっかく遺言書が書かれていても、もしかしたら記載漏れの財産があるかもしれません。
遺言書に書いていない財産は、どのように相続されるのでしょうか。この記事では、遺言書に記載のない財産の取扱いについて、物語形式で分かりやすく解説します。
「仇花(あだばな)に実は成らぬ」などと申しますが、雄花に実が成らないように、着実性を欠く計画は成功しないものでございまして。
古今東西、人間、欲をかいちゃ失敗するってもんですね。だいたい欲張りが失敗してしまうのがお金の話でして。
粋でいなせな江戸っ子は宵越しの金は持たないなんてことを言いますが、降ってわいた誰にも知られない大金があると知ったら、欲をかかないわけがないわけでして…。
クマ 「おう、帰えったぞ」
おかみ「あら、お帰りなさい。今日は隣町の長屋の普請だったね。うまくいってるかい?」
クマ 「大工の棟梁継いだからにゃ、半年前にくたばった親父に恥かかせねえようにやるっきゃねえかんな」
おかみ「その意気だよ。一本つけるかい?」
クマ 「気が利くねぇ。そうこなくっちゃな、へへ。そうだ、頼んであった親父の遺言、ちゃんとうまいことやってくれたかい?」
おかみ「ええ、横浜市港南区の行政書士やってるハチさんのところでね、やってもらっているよ」
クマ 「ハチの野郎か。あいつぁ、ガキの時分から賢くて、小難しいこと言ってやがったからな。うってつけだな」
おかみ「でね、ハチさんが言ってたんだよ。もし遺言書に書いていない財産がでてきたら、そのときは言ってくれって」
クマ 「遺言書に書いてない財産…?」
おかみ「たとえば、未払いの証文とかさ。ん? 心当たりあるのかい?」
クマ 「…そ、そんなモンあるわけねえじゃねえか。かーっ、親子2代そろいもそろって貧乏長屋暮らしをナメちゃいけねえよ」
おかみ「胸を張って言うことかい…。でもさ、そういうのが出てきたら、ちゃんとあたしに言うんだよ」
クマ 「お、おお…そ、そんなことあるわけねえじゃねえかよ。おっといけねえ、そういや、魚屋の定吉の野郎が天秤棒壊れたって困ってたんだった。ちょっと直しに行ってくらあ」
おかみ「あんた、お酒はいいのかい…って、行っちゃったよ。まったくそそっかしい人だねぇ」
目次
遺言書に記載のない財産は法定相続もしくは遺産分割協議の対象
クマ 「あぶねえあぶねえ。まったくうちのやつときたら、妙に勘が鋭いな。へへへ、未払いの証文ねぇ、あるんだなこれが。だけども俺っちじゃ字が読めねえから話にならねえ。ハチの野郎にうまいことやってもらって、と…おう、ここだここだ。ハチ、いるかい? おーい!」
ハチ 「なんだい、大きな声で、どなたさんだい? おや、クマさんじゃないか。どうしたんだい、こんな刻限に」
クマ 「いいかハチ、幼馴染同士、いや、男同士の約束で、誰にも言わねえって誓えるか?」
ハチ 「どうしたんだい、やぶからぼうに」
クマ 「実はよ、親父が世話していた長屋の主人が「これをお願いしたい」って渡してきたんだよ。こいつは、アレだろ? 遺言書に書かれてねえ財産ってやつだろ?」
ハチ 「これが、かい?」
クマ 「でよ、教えてくれよ。遺言書に書いていない財産があったらどうなるんだ?」
ハチ 「まあ、遺言書が残されていなければ、法律の定める法定相続か、相続人の話し合いによる遺産分割協議ってことになるね。つまり、お奉行様に決めてもらうか、話し合って決めるかになるね」
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クマ 「話し合うって、元は死んだ親父のものだろ? それを一人息子の俺っちが継ぐ。それが道理ってもんで、なんで話し合いなんぞしきゃいけねえんだ!」
ハチ 「あたしに文句言ってどうすんだい。たしかに、遺言で親父さんがそう書いていたら、もちろん親父さんの意思が優先になるよ。でも遺言書に書かれてないんだろ?」
クマ 「おう、隠された秘宝ってやつよ」
ハチ 「あっはっは、だったらクマさん、そりゃだめだ。遺言書に記載されていない財産は、被相続人の意思表示はないし遺言の効力もない…つまり、クマさんがどうのこうの言えるものじゃないんだよ」
クマ 「なんだと、この野郎! そりゃアレか、死人に口なしって言いてえのか!」
ハチ 「だから、あたしのせいじゃないってば。とりあえず、法定相続から考えることになるね。民法900条で決まっているんだよ」
法定相続とは
法定相続は、民法において次のように定められています。
民法第900条(法定相続分)
- 同順位の相続人が数人ある時は、その相続分は、次の各号に定めるところによる。
- 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各2分の1とする。
- 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、3分の2とし、直系尊属の相続分は、3分の1とする。
- 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、4分の3とし、兄弟姉妹の相続分は、4分の1とする。
- 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の2分の1とする。
クマ 「難しくてよくわかんねえよ。要するにどうなるんだい?」
ハチ 「クマさんの場合は1だな。クマさんとおかみさんで半分こってわけだ」
クマ 「てやんでえ! うちのやつに半分も? じゃ、10両あったとしたら、俺っちは5両しかもらえねえのかい? 冗談は顔だけにしときな」
遺産分割協議は法定相続どおりではなくともいい
ハチ 「お前さんよりはいい面構えだと思うよ、あたしゃ…。で、もう一つのやり方が遺産分割協議、話し合いだね。例えば10両あるとしたら、クマさんが8両でおかみさんが2両なんて分割も相談できなくはないんだ。相続人の生活状況や様々な事情から、法定相続とは異なる割合で分割したり、ある特定の相続人のみが相続する必要がある場合もある。ま、おかみさんが納得すればの話だけどね」
クマ 「おう、納得しなけりゃどうなるんでえ?」
ハチ 「そのときは、調停や裁判だね」
クマ 「おうおう、お奉行様に裁いてもらうってわけか」
ハチ 「そうなるね」
クマ 「おうおうおう、それなら、どんなことをしてでも納得させてやるしかねえ。こりゃ、いくさだな。関ヶ原以来の大いくさよ! ハチ、出陣だぜ、ついてきやがれい!」
ハチ 「いつも大げさなんだよ、まったく。あのね、クマさん、そもそも大きな勘違いをしてるよ。これは確かに遺言書に書かれてない財産だけど、クマさんにお金が入るシロモノじゃないよ」
クマ 「おうおうお…え? ど、どういうことだい?」
遺言書に記載のないマイナス財産は遺産分割の対象にならない
ハチ 「要するに借金の証文だよ。親父さんがお金を借りたって証文になる」
クマ 「…ってえことは、どうなるんだい?」
ハチ 「クマさんが、親父さんの借金を引き継ぐことになるんだ。だから、この証文を渡されたってことは、クマさんに借金を返せって言っているわけなんだよ」
クマ 「…ばっかやろう! 親父がこさえた借金をなんで俺っちが払わなきゃいけないんだ!」
ハチ 「そりゃ民法902条でそう決まっているからだよ。債権者は遺言書の内容を知らないから、債務の相続分を相続人に請求できるんだ。今回の場合は、クマさんとおかみさんそれぞれにだな」
クマ 「だったら、さっきの話だと俺っちが8両返して、うちのやつが2両ってことかい…なんてこった」
ハチ 「まあそうとは言えないけどね。債務は相続開始と同時に法定持分によって分割されるから、遺産分割の対象にはならないんだよ。つまり、法律で決められた割合があるってこと。まあもちろん話し合って決めることはできるけど、貸した側に誰がいくら払うという主張はできないんだな」
クマ 「なんだかんだいって、俺っちら夫婦が背負うしかねえってわけだろ…で、親父の借金ってのはいくらあるって書いてあるんだい?」
ハチ 「3両とあるね」
クマ 「3両かあ…俺っちの稼ぎの半年分ってところか」
ハチ 「まあ、おかみさんとよくよく話し合うことだね。いいかい、あたしにしたみたいに、すぐカッとなって目くじら立てちゃいけないよ。いいおかみさんなんだから、大事にしなきゃバチがあたるってもんだよ」
遺言書への財産記載漏れに注意を
クマ 「…帰えったぜ」
おかみ「あら、あんた。どうしたんだい、冴えない顔して。具合でも悪いのかい?」
クマ 「冴えねえ、か…ははっ、その通りだ。なにせ俺っちときたら、一晩で大金持ちならぬ借金持ちになっちまったんだからよ」
おかみ「借金? どういうことだい?」
クマ 「嘘ついちまって悪かったが、さっきハチのところに行ってたんだよ。で、かくかくしかじかでな…」
おかみ「…そうかい、そういうわけだったのね」
クマ 「すまねえ。それにしても3両もの金、いったいどうしたらいんだ? これから梅雨に入るから普請も少なくなるし、おまんま食い上げになっちまう…」
おかみ「仕方がないねえ。ちょいと待ってなよ…よいしょっと。ほら、これを借金にあてるといいよ」
クマ 「さ、3両? おまえ、いったいどうしてこれを?」
おかみ「隠してて悪かったけどね、へそくりだよ。一緒になってから、こつこつ貯めておいたんだ。ほら、おまえさんは体が元手の商いだろ。ケガして働けなくなっても困らないようにね。それに…」
クマ 「なんだい、もったいつけて。ん? 腹なんかさすって、腹でも下したか?」
おかみ「下してやしないよ。いつか生まれてくる子のために、ってね」
クマ 「…いつか? も、もしかして…」
おかみ「あんたとあたしの赤ちゃんだよ」
クマ 「お、俺っちが…親父になるの…か? 俺が、親父に! なんだよ、夢じゃねえよな! こんなめでてえことがあるってか!」
おかみ「だからさ、これからもっともっとちゃんと働いて、この子のためにお金を残してあげないと」
クマ 「そうだな! ようし、そうと決まればさっそくこの子のために遺言書を残してやるぜ」
おかみ「いくらなんでも気が早いだろうに、まったく。でも、今回ハチさんに教えてもらっていい機会になったね」
クマ 「おう。この子のために、俺っちはきちんと財産を残して、じっくりと時間をかけて遺言書に書いてやるんだ。その前に、まずはどしどし働かないとな」
おかみ「その意気だよ。そうそう、あんたのために熱燗こさえてたんだよ。一本つけるだろ?」
クマ 「やめとくぜ。一本取られる嘘を、もう、ついちまったからな」
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