「遺言を書きたいけれど、どこまで書いてよいのか分からない。」
「ある条件を負担してくれる場合に財産を譲り渡したい。」
「遺言の内容には、絶対に従わなくてはならないの?」
遺言について、上記のような疑問を持つ方がいらっしゃるかもしれません。
遺言の内容は自由に書くことができますが、いざ具体的に「書こう」と思ったときには、遺言者様のご家族の状況も様々で、ご家族に対する思いもそれぞれで、単に財産を譲り渡す内容では足りない場合があるかと思います。
そのような場合の一つに、「遺言で財産を譲り渡したいけれど、心配事もあるので条件をつけたい」ということがあります。
そんな時に便利なのが「負担付遺贈」です。この記事では財産を譲り渡すのと引き換えに義務を負担させる条件をつける遺言の活用方法について紹介します。
目次
負担付遺贈とは受遺者に一定の義務を負担してもらう遺贈
長岡:「こんにちは!長岡行政書士事務所・代表の長岡です。」
Aさん:「こんにちは!今回もよろしくお願いします。今までで、遺言は自由に書くことができることを知りましたが、ただ、どこまで法的に有効な遺言となるのか、気になる点があります。」
長岡:「形式的な要件を満たしており、法律に反しない内容だった場合に、どこまで有効な遺言になるか、ということでしょうか。」
Aさん:「はい、そうです。今回疑問に思ったのは、遺言に義務の負担を記すことはできるのか、ということです。いくら遺言の内容は自由だといっても、相続人らに義務を強いるような遺言は認められるのか、でもそのようなニーズはあるのではないかと思ったのです。遺言者に何か実現してほしい心配事があったとして、その実現と引き換えに財産を譲る、というようなことです。」
長岡:「なるほど。そのような場合は、『負担付遺贈』とよばれる遺言を作成することになります。義務を負担させる条件を記したからといって遺言は無効にはなりません。では、この『負担付遺贈』について今回くわしく説明をしていきましょう。」
Aさん:「はい!よろしくお願いします。」
負担付遺贈とは、遺贈者(遺言で財産を残す人)が受遺者(その財産を受け取る者)に対して、財産を相続させる代わりに一定の義務を負担してもらう遺贈のことをいいます。
負担の内容は必ずしも金銭的価値のあるものでなくても良いですが、法律上の義務でなければいけません。
負担付遺贈の活用例
負担付遺贈の活用例を具体的にみてみましょう。たとえば次のようなケースでは、負担付遺贈を活用することをおすすめします。
- 子どもに不動産を遺贈するとき、その条件として、子どもは遺言者の妻に対し、毎月5万円を支払う。(配偶者の生活費を支払うという条件)
- 長男に預貯金を遺贈するが、その条件として、長男は遺言者の死亡後、遺言者の愛犬の世話をする。(ペットの世話を条件)
- 残りの住宅ローンを引き受けることを条件として、子どもに自宅の土地と建物を遺贈する。(住宅ローンの支払い負担を条件)
配偶者の生活費を支払うという条件付きで遺贈
例①「子どもに不動産を遺贈するとき、その条件として、子どもは遺言者の妻に対し、毎月5万円を支払う。」について
配偶者の生活費を支払うという条件付きで遺贈する場合です。
例えば夫である自分が亡くなった場合、妻の老後の生活が収入不足で困るのでは、という心配があり、
子どもに不動産を遺贈する代わりに、妻の生活費を支払ってもらう負担付き遺贈を行うことがあります。
この時の受遺者は、子どもや生活に余裕のある親族などを指定することが多いです。
ペットの世話を条件として遺贈
例②「長男に預貯金を遺贈するが、その条件として、長男は遺言者の死亡後、遺言者の愛犬の世話をする。」について
ペットの世話をすることを条件として遺贈する場合です。
ペットと一緒に一人暮らしの老後を送っており、自分が亡き後ペットの世話をする人がいなくなってしまう場合、遺言で誰かにペットの世話をお願いすることができれば安心です。
この場合、ペットの世話をすることを条件として財産を贈与する、という負担付遺贈の方法で遺言を作成することができます。
住宅ローンの支払い負担を条件として遺贈
例③「残りの住宅ローンを引き受けることを条件として、子どもに自宅の土地と建物を遺贈する。」について
住宅ローンの支払いを負担することを条件として遺贈する場合です。
保有する不動産が団体信用生命保険に加入していない場合、債務者が亡くなった後も住宅ローンが残ってしまいます。
自宅の土地や建物には住宅ローンを担保する抵当権が設定されていますので、土地や建物を残していくためには、死後にも誰かに住宅ローンを払い続けてもらわなければなりません。
その場合に、住宅ローンを支払うことを条件として自宅の土地と建物を贈与するという負担付遺贈が行われることがあります。
負担付遺贈の負担上限
長岡:「ここまでで、負担付遺贈が活用される理由をつかむことはできたでしょうか。」
Aさん:「はい。義務の負担なんて、というイメージがありましたが、事例をみてみると、なるほど、確かに条件付きで遺贈、というニーズがあることも理解できました。
ただ、やはりまだ何となく疑問が残ります。遺贈される財産の額はハッキリしているのに、負担する義務については、制限がないというか終わりがないというか、いったいいつまで、どのくらい負担する必要があるのでしょうか。」
長岡:「そうですね。財産を譲り受けるとはいえ、義務の負担は受遺者にとって重いことです。実は負担付遺贈には受遺者を守るために認められていることがいくつかありますので、この点についてみていきましょう。」
負担付遺贈は、遺贈者の「一方的な意思」で行うことができるため、遺贈者が一方的に受遺者に義務を課すことになります。
そのため法律では、負担付遺贈の受遺者を保護するための規定がいつくか定められています。
受遺者を保護する規定の1つが「負担額に上限を定めている」ことです。
法律では、
「負担付遺贈を受けた者は、遺贈の目的の価額を超えない限度でのみ、負担した義務を履行する責任を負う(民法1002条1項)」
ものとされています。
つまり、遺贈財産を上回らない範囲で義務を負担します。
負担付遺贈の遺言を作成する際には、受遺者に与える財産と負担の割合が均衡するよう配慮することが大切となります。
(例)
- 遺言内容 『長男に土地Aを遺贈する。代わりに遺言者の妻に2000万円を支払わなければならない。』
- 土地Aの価値=1000万円
- この場合、長男は遺言者の妻(長男の母親)に1000万円だけを支払えばよく、土地Aを取得できる。
また、受遺者自身が相続の限定承認をしたり、他の相続人から遺留分侵害額請求を受けたりした場合、受遺者はその減少の割合に応じて、負担付遺贈により負担した義務を免れます。
相続の限定承認とは、相続人が、相続によって得た積極財産(プラス財産)の範囲内でのみ、故人(被相続人)の債務及び遺贈を弁済するという留保付きで相続することです。
遺留分侵害請求とは、一定の範囲の法定相続人が、遺言書等によって侵害された遺留分(※3)について、侵害した人へ精算金を請求することです。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人について認められている。法律で取得することが保障されている最低限の遺産取得割合のこと。
合わせて読みたい>>遺留分とは?具体例や侵害された遺留分請求方法を分かりやすく解説!
以上が、負担額の上限についての内容です。
遺贈は放棄することも可能
前述の「負担額の上限」による受遺者の保護のほかに、負担付遺贈の「放棄」も法律で認められています(民法986条)。
負担付遺贈は、通常の遺贈と同様に、遺贈者の死後いつでも放棄することが可能なのです。
様々な事情から、いくら財産がもらえるからといっても、義務を負担するのが嫌であったり、無理である場合も考えられます。
例えば以下のような場合には、受遺者は負担付遺贈を放棄することにより、義務を免れることができます。
- 負担の内容が重い場合
- 負担付遺贈の目的となっている財産がいらない場合
- 負担付遺贈の目的となっている財産の維持管理が大変な場合
また、もし受遺者が遺贈を放棄した場合には、負担の相手方になっていた者が遺贈の受遺者になることができます。(遺言で別の定めがある場合を除く。)
(例)妻の生存中、妻に生活費5万円を支払うことを負担する代わりに、長男に不動産を遺贈する場合
長男が遺贈を放棄した場合、不動産は負担の相手方=妻が受け取ることができる。
負担付遺贈は受遺者の負担加減や受遺者選定に注意
長岡:「次に、負担付遺贈で注意すべきポイントと、もし、受遺者が義務を果たさなかった場合にどうなるのかについて説明したいと思います。」
前述のように、負担付遺贈は放棄が可能です。
放棄が可能ということは、遺言者が遺言として残した意思が必ずしも実現されるとは限らないという意味にもなります。
次のような負担付遺贈の場合を考えてみましょう。
例①「妻の生存中生活費を毎月5万円払ってもらうことを義務として、不動産を長男Aに遺贈する」場合
受遺者である長男Aは、不動産の遺贈を受けてその土地に住み続けるとします。
しかし、母親に対する生活費毎月5万円の支払いが、母親の生存中ずっと続くことになります。今は良くても、将来的に支払うことができるのか不安がある場合や、その負担を大きく感じる場合は、遺贈を放棄する場合もあると考えられます。
そうすると、遺言者が妻の生活を心配して記載した「生活費5万円の支払い」が実現されないことになります。
例②「愛犬の世話をすることを条件に、預貯金100万円を長女に遺贈する」場合
前述の通り、遺贈は遺贈者の「一方的な意思」で行うことができるため、「この人にペットの面倒をみて欲しい」と思う人を指名すれば良く、そこに受遺者の合意は必要ありません。
したがって、ペットの世話をすることに指名された受遺者がそれを望まない場合、遺贈を受けずに放棄する場合もあるのです。
そうすると、ペットの面倒をみてくれる人がいない状態になってしまいます。
以上のように、負担付遺贈は受遺者が遺贈を放棄できる=遺言の意思を達成できない、という点に注意が必要です。
負担付遺贈の遺言をする場合には、受遺者とその負担を慎重に考慮し、あらかじめ受遺者と十分に話し合いをしておくことが大切になります。
負担付遺贈で定められた負担を履行しないとどうなるのか
では、受遺者が財産を受け取ったにも関わらず義務を果たさない(=履行しない)とき、どうなるのでしょうか。
そのような場合、本来であればその財産を受け取るはずであった相続人が、相当の期間を定めて履行の催告をすることができます。
そして、その定められた期間に義務が履行されない場合には、相続人は、負担付遺贈にかかる遺言の取消しを家庭裁判所に対して請求することができるとされます(民法1027条)。
この請求により負担的遺贈にかかる遺言が取り消されると、負担付遺贈の目的物である財産についての遺言はなかったことになります。
したがって、遺言で特段の指定がされていなければ、遺贈対象の財産は相続開始の時期まで遡って相続人全体のものとなり、改めて遺産分割の対象となります。
負担付遺贈の遺言書を作る場合は行政書士など専門家に相談
遺言書を書こうとするとき、遺される配偶者の生活やペットの世話、そのほか様々な心配事や不安なことがあり、それらを何とかしたいことから、負担付遺贈の遺言を作成しようと思う方がいらっしゃることと思います。
しかし本コラムで説明したとおり、負担的遺贈では受遺者が義務の負担を履行してくれることが大切になってきます。
受遺者の負担を考慮せず、財産の遺贈と均衡のとれない義務の内容にしたり、受遺者が嫌なこと・不得意な内容の義務の負担を課したのでは、遺贈の放棄につながり、遺言者の意思を実現することができなくなってしまいます。
したがって負担付遺贈をお考えの際には、受遺者の負担を熟考し、受遺者と事前によく話し合ったうえで作成することをおすすめいたします。
長岡行政書士事務所では負担付遺贈の遺言書作成相談にものっていますので、ペットや残されたパートナーのことが不安な方も、ぜひ一度ご相談ください。