高齢になり、特に病気が見つかり余命宣告を受けてからやっと自身の相続の事を考える、という方も世の中には一定数いるのではないでしょうか。
無理もないことかもしれません。
相続や遺言書がそこまで身近に感じられない、これまで考えたこともなかった、何となく億劫、という気持ちも理解できます。
今日は横浜市港南区の長岡行政書士事務所の長岡所長に、90歳を超える高齢であり且つ余命僅かと告げられてしまった方のケースをお伺いしたいと思います。
本日はどうぞよろしくお願いいたします。
早速ですが、どのような状況であったかを教えていただけますか?
目次
余命わずかで遺言書を作成する場合は遺言能力が問題となる
長岡:
はい、90歳を超えられた方で、病名は伏せさせていただきますが回復の見込みがなくなったためホスピス(注1)に入所されていました。
注1:最後の時を穏やかに過ごすため、苦痛を和らげる治療やケアを行う施設
ご家族としては妻と子供が2人で、この方々がそのまま相続人となります。
ホスピスに入られてご自身の最後の時と向き合う中で、残された人たちのために遺言書を書こうと決断し、知人の方を通じて当事務所にご相談いただきました。
なるほど、ホスピスに入られているとなると余命いくばくもない状況ですね・・・
長岡:
そのためにも迅速に遺言書を作成する必要があったのですが、最初に知人の方からお話を伺う中で一つ懸念点が見つかりました。どうも判断能力が低下し始めているようなのです。
もうご自身で判断ができない、ということでしょうか。
長岡:
その時はまだ知人の方からお話を聞いただけでしたので、実際は自分で確認してみないとな、と思ったのですが、問題となるのは遺言能力についてです。遺言能力がない人が遺言を書いたとしても、その遺言は無効になってしまうからです。
遺言能力の判断ポイント
判断ができないイコール遺言能力がない、となってしまうのでしょうか。この点を少し詳しくお教え願えますか?
長岡:
まず、遺言能力というのは簡単に言えば遺言を残す本人が、遺言の内容を理解して、その結果、自分の死後にどのようなことが起きるかを理解することができる能力のことを指します。
じゃあどの程度の理解でいいのかという基準に関してですが、実は、法律の専門家の間でも、どのような状態であれば遺言能力を有すると言えるのかどうかについては、いまだに確たる見解はないんです。
え?! はっきりとした基準がないのですか?
長岡:
そうなんです、なので、遺言をする内容の重要性や難しさ、遺言者の年齢や医学的見地を総合的に判断した上で遺言能力があるかどうかが判断されてきています。
具体的に見るべきポイントとしては、
- 精神上の障害の存否・内容・程度
- 年齢
- 遺言前後の言動や状況
- 遺言作成に至る経緯(遺言の動機・理由)
- 遺言の内容
- 相続人又は受遺者との人的関係
などが挙げられます。
遺言の内容は遺言能力の重要な判断基準
精神上の障害や年齢、言動や経緯をチェックするというのはわかるのですが、遺言の内容や相続人または受遺者との人的関係というのはどういう事でしょうか。
長岡:
例えば遺言の内容が小額の預金を相続人の誰にどのように配分するか、と言うような内容であれば、あまり難しいことを判断する遺言能力は要求されません。しかし、多くの社員を抱える会社の株式を誰に相続させるかと言うような難しいものであれば、それなりの判断能力が要求されます。
遺言の内容によって求められる判断能力の水準が違うのですね
相続人または受遺者との人的関係も遺言能力の判断材料となる
長岡:
相続人又は受遺者との人間関係に関して言うと、極端な例で恐縮ですが財産を全く見ず知らずの人に贈るという遺言内容であれば常識的にこの遺言に疑問符が付き、判断能力が疑われますよね。
なるほど、確かにそうです
医学的な要素も遺言能力の判断に影響
長岡:
もう少し細かくこの判断基準という点を申し上げると、医学的な要素がやはり重要になります。最も客観的な要素としては、遺言者の年齢です。高齢であれば、遺言能力を疑わせる要素のひとつになるでしょう。しかし、年齢だけで判断されることはなく、あくまでも高齢であれば、総合的な判断を後押しする形で遺言能力を否定する方向に傾きやすいという程度のものです。
影響力が大きいのは、遺言者の診断書や、要介護認定の資料、長谷川式スケール(注2)の点数などです。また、遺言者が遺言をした当時に、異常行動や通常の人には理解できないような言動がなかったかも重要な要素になります。
注2)認知症の判断に使われる簡易的な知能検査
ありがとうございます、理解が深まりました。
余命わずかで遺言書を作成する時は公正証書遺言がオススメ
では、遺言能力に関しはっきりとした基準がない以上、なにかいい対抗策はないのでしょうか?
長岡:
ひとつは、公正証書遺言にしておくという方法が挙げられます。
公正証書遺言ですと、公証人が遺言者を面と向き合って言動や行動を確認していますから、遺言者に遺言能力があることの一応の担保になります。もっとも、公正証書遺言だからといって、必ず遺言能力が認められると言うわけではありませんが。
合わせて読みたい>>公正証書遺言は自分で作れる!実際の作成方法や流れを行政書士事務所が解説
遺言を書く前に医師の診察を受けることもポイント
もうひとつは、遺言を書く前に医師の診察を受けて、医師の診断を記録に残しておくことが挙げられます。もし既に認知症であったとしてもその程度が記録されていれば、先ほど述べた通り遺言能力は総合的に判断されますので、認知症というだけですぐ遺言能力なしとなってしまうことを避けられる可能性があります。
遺言書作成の実際の流れ
ここからは、余命がわずかな場合に作成した遺言書作成の実際の流れを紹介します。
ホスピスでのご相談から打ち合わせ
長岡:
知人の方からご相談をうかがったあと、私がホスピスに行きご本人様と面会させていただきました。なんといってもお話だけでは判断つきかねる部分というのもありますから。
ホスピスにご自身で行かれたのですか?!
長岡:
もちろんですよ。
やはりご本人様と直接お話をさせていただき、意思を最終確認することが大切ですから。また判断能力に関しても観察させていただきました。
私の見るところではご本人様は多少忘れっぽい部分はあるものの、判断能力自体は問題なさそうでした。遺言の内容も社会通念上妥当な範囲に収まるので、遺言能力はある、と判断した次第です。
その後、ご本人様から聞き取りを重ねて遺言書の下書きを作成しました。
また、ホスピスと公証人、証人2名と日程調整をし、ホスピスに来ていただく日時を確定させました。
(公証人の出張に関しては別インタビュー参照のこと)
公正証書遺言をホスピスで作成
長岡:
遺言書作成の当日は、遺言書の下書きをベースに公証人に対してご本人から遺言内容をしゃべってもらうという形で進行しました。
ご本人様は自分の判断能力を危惧されていましたが、無事に公証人へ思いを伝えることができ、作成が終了いたしました。
事前の準備が功をそうしたのかもしれませんね、ご本人様は喜ばれたのでは
長岡:
はい、ご本人様は完成して安堵されたのか涙を流されておりました、私たちもご本人の意向に沿った遺言書を作ることができて大変良かったです。
余命宣告がされたあと迅速に遺言書を作るには
余命僅かとなり急ぎで遺言書を完成させないといけない場合でも、例えば公証人に出張してもらったり事前に遺言書の下書きを作っておくなどの準備により迅速に対応することは可能です。
ただ、このような状況ですとご本人様の判断能力が危うく遺言能力が否定されてしまうケースもあるかとは思います。遺言能力に関してはこのインタビューで述べられている通り総合的に判断されますので、少しでも疑いがある場合は専門家のサポートを利用されてみてはいかがでしょうか。
横浜市港南区の長岡行政書士事務所ではご本人様の気持ちに寄り添うべく、様々なサポート手段をご用意しております。是非ご相談ください。