ある日、名探偵として知られる明智小五郎先生の事務所に、ひとつの相談事が舞い込んできました。
なんでも、国内有数のX財閥の家長が、遺言書を書きたいとのこと。もしも遺言書にない財産が発見されるようなことがあれば、あの悪名高き黄金仮面が、その財産を狙ってくるかもしれません!
嗚呼、申し遅れました、ぼくは明智探偵事務所で助手をやっている小林芳雄といいます。先生はぼくのことを小林少年と呼びます。
その通り、ぼくはまだ12歳。でも行政書士試験を1発合格した英才なんですよ、えっへん!
事務所では、経理兼総務兼行政書士兼雑用兼先生のご機嫌取りという名の調教兼先生が推理を外した時のフォロー役をやっています。
さすがに仕事を押し付けられすぎなので、最近ぼくは明智先生と親しい長岡真也先生がいる長岡行政書士事務所への転職をこっそり考えています。
まあそれはともかくとして、さっそくその財閥へ向かい、遺言書に書かれていなかった財産の対処をすることになりました。
目次
遺言書に書いていない財産が存在する場合もある
明智「ということで、犯人はお前だ!」
小林「先生…事件が起きてないのに犯人いませんよ」
明智「おお、すまんすまん。でも、読者が私に期待しているセリフはこれだろう? ファンサービスに応えたまでだ」
小林「まずは状況を伺いましょう。えっと、X財閥の後継者となる予定の、Aさんですね」
A「本日はかの有名な明智先生にお越し願えて光栄です」
明智「サインは何枚いるんだ? 3枚以上は有料だぞ」
小林「先生! …すみません、今日は遺言作成についてのご相談ですよね。僭越ながら、その場合は行政書士である私がお話を伺うことになっていまして」
A「あの、では明智先生はどうしてここに…?」
小林「暇つぶし…じゃなくて、社会勉強として連れてきています」
明智「おい…」
書き忘れや把握し漏らした財産が出てくることも
A「まあまあ、実はですね。先日両親と遺言作成について話していたんです。そのときに、遺言を作ったはいいけれど、書き漏らした財産が出てきたらどうするかという話になったのですね」
明智「書き漏らさなければいいだけの話だろう」
小林「先生、ちゃんと聞きますよ。…遺言書に記載のない財産の扱いですね。ままあるケースです。例えば複数の銀行口座を持っていて、最近は使っていない口座に現金が残っていたりとか、認識していなかった私有地の土地が昔からあったなどですね」
A「ご存じの通り、我が財閥は複数の家が婚姻によって繋がれてきた家でして。財産も複雑ですから、そうならないとも限りません」
明智「ふん、政略結婚の成れの果てだな。私も財閥令嬢と結婚したかった」
小林「財産の書き漏らしではなく、本音ダダ漏らしですね、先生」
A「まあおっしゃる通りで。そこを盗人などに狙われたらどうなるかと思って…」
小林「特に最近、かの黄金仮面暗躍の記事が新聞紙面を賑わわせていますものね。承知いたしました。では遺言書に書いていなかった財産があった場合の対応についてお知らせしましょう」
遺言書に記載ない財産は遺言書の効力が及ばない
小林「今回で言えば、被相続人はAさんのお父様であり、X財閥の家長であるBさんですね。Bさんが亡くなったとき、遺言書が残されていなければ、法律の定める法定相続か、相続人の話し合いによる遺産分割協議に則って財産の処遇が決まります」
A「はい、そのへんまでは私たちも理解はしています」
小林「遺産は、もともとは被相続人の財産です。したがって被相続人が自分の財産の処分について、遺言書で法定相続と異なる意思表示をしている場合にはどうなるかわかりますか?」
A「遺言に従うべき?」
小林「その通りです。被相続人の意思を尊重して遺言書が優先されます」
A「問題は、記載されていない財産ですよね?」
遺言書に記載ない財産は相続人間の話し合いになる
小林「はい。その財産について、被相続人の意思表示はないことになります。つまり遺言の効力は及ばないことになりますので、やはり法定相続あるいは遺産分割による相続となります」
明智「もっとも話し合いがうまく進む保証はないがな。私が関わった事件の大半も、話し合いがこじれて殺人事件に発展した!」
A「ひっ…」
小林「先生! 縁起でもないこと言わないでください。気にしないでくださいね」
A「…話を戻しますが、つまり、書かれていない財産については、遺言書がない状態と同じだと?」
遺産分割協議と法定相続
小林「そういうことです。法定相続と遺産分割協議についてはご存じですか?」
A「法定相続は誰がどの割合で財産を相続するのかを定めたもので、遺産分割協議は、ええっと…?」
小林「簡単に言うと、相続人によりどう遺産を分割するかという話し合いです。もっとも、遺言書に記載のない財産については、まず法定相続が検討されるんです」
A「遺産分割協議が行われるのは、どのようなときですか?」
小林「遺産分割協議によって特定の相続人に相続させるようにした方が良いと判断できるケースです。たとえば、相続人の生活状況や様々な事情から、法定相続とは異なる割合で分割したほうがいい場合とか」
A「なるほど、人によって事情は様々ですものね」
小林「あとは発見された財産が不動産など分割が容易でない場合ですね。この場合は、誰に相続させるべきかを話し合って決めるわけです」
A「話し合いがまとまらなければ?」
明智「血みどろの争いだ。そこを黄金仮面は必ず付け狙ってくる! もしかして、すでに混乱させようとしてこのような聞き取りをしているの…か? さては貴様が黄金…」
小林「…なわけないでしょ! ハウス!」
明智「おい、犬のように扱うんじゃない、小林君」
小林「犬のほうがまだ賢い…」
明智「何か言ったか?」
小林「いいえ、話を続けましょうか、Aさん。家庭裁判所での調停や裁判などに発展するかもしれません。あくまで可能性ですが、話し合いの仕方によってはそうなるケースがないとは言い切れないんです」
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債務などのマイナス財産は遺産分割の対象とならない
A「あと、ひとつ気になっているのが、いわゆる負債、マイナス財産が見つかったときなんです」
小林「その可能性もあるのですか?」
A「お恥ずかしい話、事業拡大のために一時期あちこちに借金をしていたことがわかっていまして…。返済はしているそうなのですが、父は割とどんぶり勘定だったところもあるので、見落としがないとは言い切れませんで…」
明智「財閥とはいえ、闇があるものだな」
債権者との関係でマイナス財産(負債)は法定相続となる
小林「マイナス財産とは負債のことをいいますから、そこには債権者の存在がありますよね。民法902条の2で示されているとおり、債権者は、遺言書の内容にかかわらず法定相続人に対して、法定相続割合に従って債務の履行を請求することができます」
小林「また、例え相続人間の話し合いである遺産分割協議で債務はだれだれと決定した場合も、債権者からすると決定人ではない人にも請求できます。例えば、債務者のあずかり知らない勝手な話し合いという事情で債務を承継した人が無資力(支払い能力がない人)だとしたら、あまりにも債権者に酷ですよね」
A「それは仕方がないことですね。でも巨額の債務がいきなり飛びだしてきたら大変困ります…」
明智「屋敷を売れ、屋敷を」
小林「先生はちょっと黙っ…だいぶ黙っててください」
明智「たまにこうしてチャチャ入れないと、読者が忘れてしまうだろう?」
小林「もう忘れてもいいですから…」
A「あの…いいですか?」
小林「ええ、続けましょう。債権者は遺言書の内容を知りません。ということは、誰もが知ることのできる法律で決められた法定持分に基づいて債務の相続分を計算することになります。そのうえで、各相続人に請求することが認められているんです」
A「結局請求はされてしまうのですね…」
小林「また相続人間ではマイナス財産は遺産分割の対象にはならないんです。遺産分割の対象は、積極財産(=プラス財産)のみ。消極財産(=マイナス財産)は相続と同時に、法定相続分に従い各相続人に引き継がれることになります」
相続時の負債を債権者に支払った場合は他の相続人に求償する
A「親の因果は子に報うと言いますが…それでも皆が均等に負担をするのではなく、法定相続とは異なった割合で負担することはできないのでしょうか?」
小林「相続人間で負担割合を決めて合意すること自体はできますが、債権者にこの分割方法でお願いしますと求めることはできません。例えば、債権者のあずかり知らない相続人間の事情で債務を承継した人が無資力(支払い能力がない人)だとしたら、あまりにも債権者に酷ですよね。そういうこともあり、相続人間で債務負担について合意したものの、法定相続分に従って債権者に弁済した場合には、負担を超える分を相続人同士の間で請求しあって調整することになります」
A「なるほど。自分たちでまず払って、あとで調整か。そうならないためにも、完璧に財産を把握した遺言書をじっくりと時間をかけて作ることが必要なのですね」
記載漏れについて想定した形で遺言書を書ける
小林「もし万が一書き記されなかった財産があった場合は、『本遺言書に記載のない財産については、〇〇〇が相続する』と文中に表記しておくと、その記載に基づき、財産を処分することが可能となります」
A「なるほど。仮に私が相続するようにしておくと、私自身の判断で他の財産を処分して対処することもできるようになるのですね」
明智「困ったら「明智に相続させる」と書いていていいぞ。我が事務所の資金にするから」
小林「もしそう書かされたら警察に突き出しますから、安心してください」
A「あ、ありがとうございます…」
遺言書は記載漏れに気を付け専門家に頼るのも必要
小林「遺言書を書くときには、つい感情的になって、最も伝えたい財産処分だけについて書いてしまう場合もあるかもしれません。また、その発見された財産をめぐって争いが生じる場合もあるかもしれません。自分でまとめることが大変で、将来への不安が膨らむ場合は、先に専門家に相談したほうが良いでしょう」
A「ありがとうございます。ではさっそく小林さんに相談させてください」
小林「わかりました。じゃ、明智先生は先に帰ってていいですよ」
明智「また私ひとり邪魔者にされて終わるとは…。黄金仮面との対決はいったいいつになるんだ…?」
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