「任せる、と書いてあったら当然のように遺産をもらえるのではないの」
「なぜ金融機関は払い戻しに応じてくれない可能性があるのでしょうか」
「これまでに似たようなケースで裁判所はどう判断したのですか」
・・・
自分で書く遺言書の事を、自筆証書遺言といいます。
公証人に作成してもらう公正証書遺言は費用もかかりますし、わざわざ外部に依頼して遺言書の作成に取り掛かることに心理的な負担を感じられる方もいるかもしれません。
自筆証書遺言であればその名の通り自分で書く事ができるので書き始めの敷居が低く、また極端な話、紙とペンがあれば書けるのでコストも低く抑えることができます。
しかし、専門家が書いた遺言書ではないので、「任せる」「委託する」「託す」など不明瞭な文言を使ってしまい、かえって後々の混乱を招いてしまうことがあります。
不明瞭な文言を使ってしまう理由としては法律に慣れてないことや婉曲的な表現が好きかどうかという個人の好みの問題、そしてこの程度に書いておけば当然周りに理解してもらえるはずだという期待などが挙げられますが、遺言書に限って言えば、誰が見ても文言の意味や書いた本人の意図するところが明白である必要があります。
このコラムでは「任せます」や「委託します」といった表現をなぜ避けるべきなのか、また、どのように遺言書を書くべきか解説します。
目次
解釈によって意味が変わる言葉は遺言書には不適切
遺言書は故人の最後の意思なので遺産相続においては最も尊重されます。
遺言書がないと遺産分割協議という手続きを行わねばならず、相続人が全員参加して遺産の分け方について話し合い、全員の合意にまでもっていかないといけません。
合わせて読みたい>>遺産分割協議とは?流れとポイントを行政書士が解説
そして相続税の申告・納税は死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に終わらせないといけないという期限があります。忙しい合間を縫って話し合いをするのは、特に遠隔地に相続人がいる場合は大きな負担となります。
このような遺産分割協議を避けられるのが遺言書の大きなメリットですが、せっかく遺言書が残されていても、「任せる」「託す」など文言が不明瞭だとその解釈をめぐって争いがおき、せっかく遺してくれた遺言の意味がなくなってしまいます。
そして遺言は本人の死亡によって発効しますので、遺言書の文言の意味を本人に聞くことはできません。
不明瞭な遺言に対しの裁判所の判断
一番よくみられるケースが「任せる」とか「委託する」と遺言書に書いてしまう事です。
任せるというのは遺産をあげるという意味なのか、それとも遺産分割の手続きを任せるという意味なのかが分かりません。
当然遺産をもらえると思っている相続人とっては「任せるとは遺産をあげるという意味だ」と主張しますし、周りはただ単に「遺産分割の手続きを任されただけなので、どう分けるかは話し合いによるべきだ」と主張するでしょう。
そして、そのような争いになりそうな遺言書の場合、後々のトラブルを恐れて金融機関が本人名義の預金を解約してくれない可能性があります。
このような不明瞭な遺言により争いになり当事者間で解決が難しい場合は、裁判所に判断を仰ぐことになります。
過去の判例として、最高裁昭和58年3月18日判決は以下の様に述べています。
「遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」
つまり、遺言書の文言のみで判断するのではなく、前後の文との関係や遺言書作成当時の本人の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を総合的に判断すべき、という事です。
理解を深めるためいくつかのケースを見てみましょう。
(以下実際のケースではなく、簡略化されたフィクションです)
遺言に「委託する」という文言で争いになったケース
Aは、「預貯金を弟のBにすべて委託する」という内容の自筆証書遺言を作成しました。
Aの死後、Bはこの遺言書をもってAの預金口座があった2行の金融機関に行きAの預金を解約して自分に支払ってくれるよう請求しましが、2行ともこの内容では預金がBに遺贈されたものとはいえないとして預金の払戻を拒否しました。
金融機関はBの請求に応じて預金を払い戻してしまうと、他の相続人から「何でこの遺言でBに預金を支払ってしまったのか」とクレームが来て紛争に巻き込まれるのではないかと判断したのです。
Bはしかたなく「金融機関はBに預金を支払え」という判決を求めて裁判所に訴えを提起しました。
裁判所は前述の最高裁の判断に則り、Aの遺言書を多方面から検討します。
まず「委託」という文言についてですが、「委託」とは一般的には「人に頼んで代わりにやってもらうこと、ゆだねること」です。
なのでこの言葉だけだとAは預貯金の清算をBにやってもらう事だけだと解釈されますが、ゆだねるということは取得もその選択肢に含まれるので、Bは自分で取得してもよいと解釈することも可能です。
「委託」という文言だけではどちらとも解釈することができず、判断がつきません。
そして、Aの遺言書の中にはBに具体的にどういう事をやってもらいたいかの記載はないので「代わりにやってもらう」だけだと解釈するには不自然です。
また、遺言書作成当時のAの置かれていた状況を検討すると、AはB以外の相続人と疎遠でありBに日ごろから生活の面倒を見てもらっていたこと、またAは常々周囲にBに世話になっているのでBに財産を残したいと言っていたことが判明しました。
裁判所はこのような事実をふまえ、遺言者Aの真意はBに預貯金を遺贈することにあったと推認できるとして、金融機関に対しBにA名義の口座の預金を支払うよう命じました。
遺言に「任せる」という文言で争いになったケース
Aには長女Bがいたが、死亡時に「財産はかつて交際していたCにすべてを任せます」との自筆証書遺言が発見されました。
Cは財産を全て自分に譲るとの意味だと主張し、長女Bは遺産分割の手続きを任せるとの意味に留まると主張して争いになり、裁判所に持ち込まれました。
Cは確かにかつてAと交際しており、同居しながらAの身の回りの世話をしていたが、全財産を譲って感謝の意を表すほどの関係ではなく、また遺言作成時には交際は破局して同居も解消されていました。
また、長女BはAの反対を押し切って結婚したという経緯があり必ずしもしっくりいってはいなかったが、Aと孫Dとの関係は良好であり、長女一家にまったく財産を残さないというほどの状況にはありませんでした。
以上を鑑みて裁判所は、Aが敢えて断定的な「譲る」という文言を使わず「任せる」と遺言書に書いたのは、長女Bの立場も考慮してCとBとで話し合いを行って遺産分割をしてほしいとの意図があったと判断しました。
遺言書で使うべき表現の例
任せる・委託するなどは遺言書での使用は望ましくありません。自分の意図通りに遺産を譲るため、また、死後のトラブルを防ぐためにも、遺言書では次のような表現を使いましょう。
- 相続人に遺産を渡したい時は「相続させる」
- 相続人以外に遺産を渡したい時は「遺贈する」
- 渡す財産の割合を決めたい時は「相続分」
とくに「遺贈」と「相続」は「死後に財産を譲る」という意味ではよく似ていますが、それぞれ手続きや税金などの規定が異なるので注意してください。それぞれ具体例を挙げて解説します。
相続人に遺産を渡したい時は「相続させる」
相続人(配偶者や子どもなど)に遺産を渡したい時は「相続させる」と書きます。
なお、相続人へ財産を渡す場合でも「遺贈する」という表現は使えますが、基本的には「相続させる」と書いた方が無難です。
「相続させる」と表現しておけば、相続人単独で移転登記できます。
もし「遺贈する」という表現だと、受遺者と全相続人(または遺言執行者)と共同で申請しなければならないのです。
なお、「〇〇(財産)を△△(相続人の名)に相続させる」と記述する遺言書を特定財産承継遺言と呼びます。
合わせて読みたい>>特定財産承継遺言とは?遺贈との違いや作成時の注意点を行政書士が解説
また、遺産分割の方法を指定したい場合は、「不動産を妻に相続させ、銀行預貯金は長男に相続させる」などと記載します。財産を特定できるよう、不動産の所在地や銀行名・口座番号まで指定した方が安心です。
相続人以外に遺産を渡したい時は「遺贈する」
お世話になった人や支援している団体など、相続人以外に遺産を渡したい時は「遺贈する」という表現を使いましょう。
法律上の配偶者ではないパートナー(事実婚や同性婚など)へ遺産を渡したい場合も、遺贈することになります。
この遺贈にも種類があり、「包括遺贈」「特定遺贈」を使い分けなければなりません。
合わせて読みたい>>包括遺贈について物語風に学ぶ!特定遺贈との違いについても行政書士が解説!
また、受遺者を特定させるために正しい名称や住所も併記するなど、注意すべきポイントは多いです。
合わせて読みたい>>遺言書で受遺者に財産を渡す際の書き方について行政書士が解説!
ただしく記載するために、遺言書作成時は行政書士などの専門家に相談した方が安心です。
横浜市の長岡行政書士事務所では、遺言作成の相談にのっています。初回相談は無料です。
渡す財産の割合を決めたい時は「相続分」
渡す財産の割合を決めたい時は「相続分」と表現します。たとえば「夫の相続分を1/3、長男の相続分を1/3、長女の相続分を1/3とする」などの表現です。
しかし相続分を単純に指定すると、建物や自動車など物理的に分けられない財産の扱いを別途決めなければなりません。
分割方法にも代償分割(他の相続人に金銭などを支払って割合を調整する)や換価分割(売却代金を分割する)などさまざまありますが、スムーズに相続手続きを進めるためには遺言作成の段階から具体的な分割方法を意識した方がいいでしょう。
遺言書の記載内容・表現は行政書士など法律のプロに相談する
遺言書の文言が「任せる」「委託する」など不明瞭であると、解釈をめぐって本人の死後トラブルに発展する可能性があります。
この記事で紹介したとおり、遺言書は「相続させる」「遺贈する」など法律用語を使って作成しましょう。
また、相続と遺贈も、記述内容によって手続きや権利関係に影響を与えます。
スムーズに相続手続きを進められる遺言書を作るためには、行政書士など法律の専門家に相談してみてください。
とくに自分で作る「自筆証書遺言」を作るときは注意しましょう。
公正証書遺言であれば手間と費用はかかりますが社会的な信用も高く、公証人が作成してくれるので文言が問題になるようなこともありません。
事前に行政書士などの専門家に相談して遺言書の草案を作ってから公証役場に持ち込むようにすれば、自分の意思がしっかり反映されているかの確認もできますし、専門家に公正証書遺言に必要な証人の手配や日にちの段取りを任せることもできます。
横浜市の長岡行政書士事務所は相続の経験が豊富にあり、相談者様に寄り添った相続、そしてなるべく相談者様に負担がかからないよう印鑑一つで済む相続を目標にしています。
不安やお困りの点があったら是非長岡行政書士事務所にご相談ください。初回相談は無料です。