「次男が多額の借金を繰り返し、暴力を振るうなど、家族に散々迷惑をかけてきた。遺産は他の子供たちに残したい。何か方法はないか?」
「相続廃除という制度があると聞いた。どんな制度?」
「散々浮気を繰り返し、家庭を顧みなかった配偶者に何も残してあげたくない。」
生活を送っていく上で、いろんなトラブルが生じるのは仕方がないことです。
それはたとえ家族間であっても、様々なことが起こる可能性はあります。
家族間において、重大なトラブルが起こった場合、「こいつだけには何も残してやりたくない!!」と考える人もいるでしょう。
しかし、相続となると、家族は近ければ近いほど受け取る可能性が高くなります。
相続は、死後にご自身の持っている財産を残される人に対して引き渡すものです。
もちろん、残される人たちが後の生活において困るような相続については認められないケースはあります。
そこでご本人の意思で遺産を残さないという決断をすることができる制度、『相続人の廃除』という手段があります。
今回はこの相続人の廃除についてお話ししたいと思います。
目次
相続人の廃除とは
相続人の廃除とは、被相続人の意思を尊重して、遺留分を有する推定相続人の相続を受ける権利を、家庭裁判所により奪う制度です。
すなわち、相続を受ける権利を有する人に対して法律で保護された一定の権利についても一切財産を渡さないとする制度とも言えます。
遺留分とは遺産について、一定の相続人に対して相続が確保された割合のことをいいます。
遺産は原則として被相続人である本人の自由に処分することができますが、相続人の生活保障や相続人の平等の観点から遺留分として被相続人の処分に制限が加えられています。遺留分は、遺言書でも奪うことができない法律で決められた相続人の権利です。
推定相続人とは、今現在相続が開始したならば相続人となる人のことを指します。
配偶者と子(胎児含む)は常に相続人となります。
- 子がいない場合 ⇨ 両親が相続人となります。
- 子も両親もいない場合 ⇨ 兄弟姉妹が相続人となります。
合わせて読みたい>>遺留分を侵害する遺言は無効ではない!相続トラブルを防ぐポイントを行政書士が解説
相続人の廃除が認められると、対象となる相続人は遺留分を受ける権利をも失うことになるという重大な効果が生じます。
そのためご本人の勝手な判断による廃除を防ぐために、廃除事由の有無の判断は家庭裁判所の審判を必要とすることが規定されています。
相続人の廃除の申し立てができる人
相続人の廃除の申し立てができる人は、被相続人であるご本人のみです。
『相続人の廃除』はその人のみが持つことのできる権利で、他人が取得したり行使したりすることのできない権利です。
そのため、認知症などであっても代理人などを立てることなく、ご自身のみの判断で申し立てをすることができます。
相続人の廃除の対象となる人
相続人の廃除が認められるためには一定の条件が必要となり、誰でもどんな理由でも認められるわけではありません。
相続人の廃除の対象は、遺留分を有する推定相続人についてのみ認められます。
つまり、配偶者、子(胎児を含む)、子がいなければ両親、子も両親もいなければ祖父母などです。
これらの遺留分を有する推定相続人については、遺言書を作成し、「他の相続人に全部相続させる」としても法律によって遺留分を受ける権利が保障されています。
その遺留分すら渡したくない場合に相続人の廃除の制度を利用することになるのです。
遺留分がない推定相続人については、遺言によりご自身の財産をその者に渡さないようにすることで相続人の資格を奪うことができます。
遺留分権がない推定相続人は、兄弟姉妹です。
したがって、兄弟姉妹の場合には遺言書に明記することで廃除せずとも相続資格を奪うことができます。
相続人廃除の2つの条件とは
相続人を廃除することは相続だけでなく、遺留分をも失わせる重大な手続きとなります。
そのため、相続人の廃除が認められるためには以下の場合にのみ認められると法律で決められています(民法892条)。
- 被相続人に対して『虐待』、または『重大な侮辱』をした場合
- その他『著しい非行』があった場合
上記のいずれかの事由に該当する場合に認められます。
相続人の廃除は、家庭裁判所が具体的に廃除を相当とすべき事由があるかどうかを審査し、判断します。
ただ、『虐待』、『重大な侮辱』、『著しい非行』について、具体的にどんな場合にこれらの事由に該当し認定するかについて、明確な基準はありません。
相続人の廃除が認められたケース
では、次に廃除の条件である『虐待』、『重大な侮辱』、『著しい非行』とは何か。これらの条件について一緒に見ていきましょう。
いずれにおいても、相続人の廃除という重大な効果を生むものであるため、被相続人の主観的なものではなく、客観的、社会的に家族的信頼関係の破壊の程度が酷いことなど、相続人の廃除もやむを得ないと正当化されるような事由が必要です。
相続人の廃除が認められうる『虐待』
『虐待』とは、被相続人に対する暴力や耐え難い精神的な苦痛を与える行為でし。
相続人の廃除が認められうる『虐待』は主観的なものでは足りず、客観的かつ社会的通念に照らして重大なものであるということを意味します。
相続人の廃除が認められうる『重大な侮辱』
『重大な侮辱』とは、被相続人に対して精神的苦痛を与え、またはその名誉を毀損する行為です。
『重大な侮辱』により被相続人と当該相続人との家族的共同生活関係が破壊され、その修復が困難ということを意味します。
相続人の廃除が認められうる『著しい非行』
『著しい非行』とは、直接被相続人に対するものである必要はありませんが、虐待や重大な侮辱という行為には該当しないものの、それに類する程度の非行を意味します。
相続人廃除の手続き方法
相続人の廃除をしたい場合、2つの手続き方法があります。
- 生前に相続人を廃除する方法
- 遺言による廃除の方法
上記2つの手続き方法とはどのような方法でしょうか。
生前に相続人を廃除する方法
生前に相続人の廃除を行う場合は、被相続人が廃除対象者を示して家庭裁判所に請求し、審判を受ける必要があります。
廃除を求める審判が確定することにより、廃除対象者は相続資格を喪失します。
この場合、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に必要書類を提出する必要があります。
他に必要書類が求められる場合も想定できますので、事前に管轄の裁判所に問い合わせておくと良いでしょう。
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遺言書による相続廃除の方法
遺言廃除とは、被相続人が遺言書で廃除の意思を表示する場合です。
つまり、被相続人の死後に相続人廃除の手続きを行う方法です。
遺言書による相続人の廃除について、たとえば、遺言書の中において「遺言者の長女Aは遺言者に対して〜等の虐待や、〜等の名誉を毀損する重大な侮辱があったため、遺言者は長女Aを相続人から廃除する」など意思表示することによって行うことができます。
ポイントは、ご自身が「該当の推定相続人を相続から廃除したい」旨を記載すること、具体的な理由を記載しておく必要があります。
この場合、遺言書が効力を生じた後、つまり、ご本人が亡くなった後に遺言執行者(※3)ができる限り早く家庭裁判所に廃除の申し立てをする必要があります。
したがって、遺言書で遺言執行者の指定をしておくことが必要です。
遺言執行者は推定相続人廃除の審判申立書を家庭裁判所にもらい、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に以下の書類を提出して申し立てを行う必要があります。
※3遺言執行者・・・遺言書の内容を実現させる職務を行う人のこと。
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相続人の廃除の申し立て後の流れ
相続人の廃除の申し立てがされた場合、家庭裁判所において審判手続きが行われます。
審判手続きでは、申立人(被相続人または遺言執行者)と廃除対象者である推定相続人との間で、廃除事由の有無について主張・立証をしなければなりません。
その主張・立証をもとに家庭裁判所が諸般の事情を総合的に判断して相続人の廃除を認めるかどうかの判断を下します。
生前廃除の場合
審判が確定すると、審判書謄本と確定証明書の交付が受けられます。
廃除が認められた場合、10日以内に被相続人の戸籍がある市区町村役場に以下の必要書類を提出して推定相続人の廃除を届け出る必要があります。
必要書類 | 費用 |
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これらの手続きを踏むことによって推定相続人の戸籍に廃除された旨が記載され、相続人の廃除手続きが完了します。
遺言廃除の場合
審判が確定すると、審判書謄本と確定証明書の交付を受けられるようになります。
廃除が認められた場合、遺言執行者などが10日以内に被相続人の戸籍がある市区町村役場へ以下の書類を提出して、推定相続人の廃除の届出をする必要があります。
必要書類 | 費用 |
| 無料 |
これらの手続きによって推定相続人の戸籍に廃除された旨が記載され、手続きは完了です。
この届出がされることによって、相続廃除された相続人の戸籍の身分事項欄に、推定相続人から廃除された旨が記載されることになります。
相続人の廃除における4つの注意点
相続廃除について、4つの注意点があります。
- 遺言による相続人の廃除には遺言執行者が必要
- 相続人廃除は必ずしも認められるとは限らない
- 相続人の廃除は取り消すことも可能
- 相続人廃除をした人の子供への影響(代襲相続)
それぞれの注意点の詳細は次の通りです。
遺言による相続人の廃除には遺言執行者が必要
遺言で廃除する場合、遺言執行者が必要です。
指定がない場合、遺言者の死後、相続人が家庭裁判所に遺言執行者の選任手続きを行わなければなりません。
そのため遺言書で遺言執行者を指定しておくとその後の手続きがスムーズになるでしょう。
合わせて読みたい>>遺言執行者の権限を遺言書に明記する書き方|行政書士が分かりやすく解説!
相続人廃除は必ずしも認められるとは限らない
相続人の廃除の申し立てをすれば必ず相続廃除が認められるわけではありません。
司法統計上、相続人の廃除の申し立てが認められているのはおおよそ2割程度と言われています。
というのも、相続人を廃除する手続きは、相続人にとって重大な権利を剥奪するもので簡単に奪っていいものではないためです。
そのため、家庭裁判所でも非常に厳格な審査が行われます。
また、実際に相続人の廃除事由に該当する事実があったとしても、廃除の対象者である推定相続人から「そんなことはやっていない」など嘘をつかれてしまうと、証拠なしに裁判所に認めてもらうことは困難となります。
そのため、申し立てをする場合にはしっかりと証拠を揃えておくことが大切です。
相続人の廃除は取り消すことも可能
相続人の廃除は審判があった後でも取り消すことは可能です。
相続は一定の場合を除いて被相続人の意思が尊重されるものです。
したがって、取消すという判断をすることも尊重されるのです。
相続人の廃除を取消す手続きも、被相続人が生前に家庭裁判所に申し立てをする方法と遺言で相続人の廃除を取り消す旨の意思表示をする方法の2つがあります。
被相続人が廃除の取り消しをする方法は、相続人を廃除する場合とほぼ同様です。
遺言で相続人の廃除を取消す場合も遺言執行者が家庭裁判所に申し立てをする必要がありますので、遺言執行者の指定をしておくと良いでしょう。
相続人廃除をした人の子供への影響(代襲相続)
相続廃除はその対象となった人のみに効力を有するものです。
つまり、廃除された推定相続人に子がいれば、その子が相続(代襲事由)することになります。
結果として相続廃除された相続人の家族に遺産は相続されることになります。
「それすら嫌だ!」という場合には、その子に対しても相続人の廃除の手続きが必要となりますので、その子からも虐待や重大な侮辱を受けていたという事実が必要となります。
参考:代襲相続について 新人補助者ひまりの事件簿④ 法定相続人の範囲~養子縁組と代襲相続編~
相続人廃除は生前から行政書士など専門家へ相談することが重要
相続人の廃除は相続人の重大な権利を剥奪する行為です。
該当となる相続人が今までやってきた行いの結果ですし、相続財産の元の持ち主である被相続人が嫌だと思うのであればしょうがないことと思います。
ただ、相続人の廃除は『条件に当てはまっていること』+『家庭裁判所が認めたこと』この2点を満たす場合に限られます。
相続人の廃除が認められる要件は難しく、相続廃除はなかなか認められないので、他の方法で解決できるのであれば、まずその方法を検討する方が早いかもしれません。
たとえば、配偶者を廃除したい場合には離婚するという方法が考えられます。
相続人の廃除をするとしても生前のうちにしっかりとした準備が必要となります。
また、相続廃除だけではなくいろんな方法を考えて、一番メリットのある方法を考える必要があります。
したがって、相続人の廃除を検討する場合には、行政書士などの専門家に相談することをオススメします。
相続においてご本人の気持ちが何よりも大切だと思います。
ご希望通りの相続ができるよう願っております。
<参考文献>
・常岡史子著 新世社 『家族法』
・潮見佳男著 有斐閣 『民法(全) 第3版』
・神余博史著 事由国民社 『よくわかる民法 第9版』