「生前贈与などの特別受益」と「遺留分」との関係について行政書士が解説

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相談事例:多額の生前贈与があった!相続人が受け取る財産はどうなるの?~遺留分との関係~

「生前、多額の住宅購入資金の援助を受けた。相続の際、他の相続人から何か言われそうで心配。」
「兄が生前贈与でほとんどの財産を受け取っていた。相続のとき、遺留分はどうなるのか。」
「相続人ならば、たとえ生前贈与で遺産がなくなっていたとしても、何かしらの取り分はあるはずでは?」

 

相続とは、ある人が亡くなった時に(亡くなった人を「被相続人」と言います)、その人が持っていた財産や権利・義務を、配偶者や子どもなど一定の身分関係にある人が受け継ぐことをいいますが、被相続人が生前、一部の相続人にすでに財産を贈与しているような場合があります。

 

そのように生前贈与が行われた場合、その贈与分については相続財産に加算して相続分を計算するという「特別受益の持ち戻し」の取扱いについて、以前のコラムで説明いたしました。

合わせて読みたい>>特別受益とは何か

また、相続の際には「遺留分」といわれる、一定の相続人に認められている「遺産を最低限受け取ることのできる取り分」がありますが、この遺留分を計算するとき、もととなる財産と特別受益の持ち戻しの関係はどうなるのか、以前の記事ではお伝えしていませんでした。

 

今回の記事では、以前の記事でお伝えしきれなかった生前贈与などの特別受益と「遺留分」との関係について説明していきたいと思います

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生前贈与など「特別受益」と相続財産への「持ち戻し」について

ご相談者様:60代女性

私は兄と弟の3人兄妹ですが、先日、父が亡くなりました。母はすでに他界しております。

葬儀も無事終わりましたので、父が残した遺言に従って相続手続きを始めましたが、内容に納得がいきません。兄は随分昔に父から600万円の事業資金の贈与を受けていたのですが、遺言はその贈与を考慮した内容ではなかったからです。

遺言は次のような内容です。
・兄に不動産(1,500万円相当)を相続させる。
・兄・私・弟の三人に預貯金1,500万円を500万円ずつ相続させる。

私と弟の相続分が不公平に感じます。この場合、遺留分の請求はできるのでしょうか。

回答:長岡行政書士事務所 長岡

今回のご相談者様の事例ではご長男様への生前贈与が600万円あり、遺言書の内容は生前贈与を受けた兄の金額に特に考慮しているとは思えないことから、ご相談者様と弟さんが遺留分の請求ができるのかというご相談内容でした。

遺留分がいくらなのかどうかという算出にあたっては、計算基礎となる相続財産がいくらなのか決定する必要があります。生前贈与については相続財産への「持ち戻し」という仕組みがあり、相続分を算出するにあたって、生前贈与された金額を相続財産に加算して計算することになります。しかしこの持ち戻しは、遺留分の計算にあたっては常に持ち戻されて計算の基礎額に含まれることになるわけではありません。

したがって今回のご相談者様の事例においても、生前贈与が持ち戻しされるのかどうかによって遺留分請求できるかどうかが変わってきますので、この点を検討することが必要となります。

特別受益の持ち戻しと遺留分の関係について説明する前に、まずは「特別受益の持ち戻し」について簡単におさらいをしておきましょう。

特別受益の持ち戻し免除の記事はこちら↓

生前に受けた贈与、相続の際どうなるの?~特別受益と持ち戻し免除~

今回のご相談者様の事例のように、被相続人が生前、相続人に事業資金を援助するなどしていた場合があります。この援助のように、生前に財産を贈与されていた場合、その相続人の受けた贈与等の利益を特別受益」といいます。

特別受益には、主に住宅購入代金の贈与、営業資金の贈与、婚姻費用の贈与のようなものがあり、遺産の前渡しの性質をもつものが該当するとされています。

相続時に各相続人の相続分を算出する際には、この特別受益を実際に残されていた相続財産の額に合算して計算することになります。これを「特別受益の持ち戻し」といいます。

ある特定の相続人が被相続人から多額の贈与等を受けていた場合、この贈与を考慮せずに財産を分けたのでは、他の相続人に不公平となってしまいます。
そのようなことから、この特別受益の持ち戻しという仕組みによって相続分を算出することになっているのです。

特別受益に時効はない

さてこの特別受益ですが、これには時効がありません。
したがって持ち戻しについては何年前にでも遡りますので、今回のご相談者様の事例について遺言書が書かれておらず法定相続や遺産分割協議となった場合には、例えば生前贈与が20年前にされたものであっても、相続財産に加算して相続分を算出することになります。

下記に法定相続だった場合の例を挙げておきましょう。

特別受益の実際の計算方法

・相続人 : ご相談者様、兄、弟
・相続財産: 不動産(1, 500万円)、預貯金1, 500万円
・生前贈与: 兄に600万円

 

【兄・弟の相続分】

相続分を算出する際の財産額1,500万円+1,500万円+600万円=3,600万円
一人当たりの法定相続分3,600万円×1/3=1,200万円
ご相談者様・弟の相続分各1,200万円
兄の相続分1,200万円-600万円(生前贈与分)=600万円

 

上記の例は法定相続によった場合ですが、今回のご相談者様の事例では、遺言書が残されていたという点が例とは異なります。

遺言書があった場合、どのような対応ができるのでしょうか。次項で説明していきましょう。

遺留分を計算する際の特別受益は10年以内の贈与に限定

ご相談者様の事例では遺言書が残されていましたので、まずは遺言書に従った遺産相続となります。
そしてこの遺言による遺産相続が遺留分を侵害している場合には、その侵害されている金額を請求することができることになります(「遺留分侵害額請求」といいます)。

そもそも遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人について認められる、遺産を最低限相続できる割合のことです。

今回の事例のように子だけが相続人の場合に認められる遺留分は、相続財産の2分の1となります。

これを子の人数で分けますので、子が3人の場合は1/2×3で一人あたり相続財産に対して1/6の遺留分を有することになります。

さて、ここで大事なポイントとなるのが、特別受益の時効です。

特別受益については時効がないと前述しましたが、この「遺留分」を計算する際の特別受益の持ち戻しについては、相続開始前10年以内の贈与に限られているのです。

【ポイント】
遺留分の算出に当たっては、特別受益にあたる生前贈与が「相続開始前10年以内」のものに限る。

これは、2019年7月1日施行の法改正により新設された規定になります。

 

(民法第1044条第1項、第3項)
1.贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2.相続人に対する贈与についての第1項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に」限る。)」とする。

 

したがってご相談者様の事例の生前贈与が前述したように20年前のものだった場合、遺留分の計算にあたっては相続財産に持ち戻されないことになりますが、10年以内にされたものであれば持ち戻して計算されることになります。

次の項目で、具体的な数字を挙げてみてみましょう。

「生前贈与などの特別受益」と「遺留分」の計算具体例

「生前贈与などの特別受益」と「遺留分」の計算具体例 について紹介します。

【今回のご相談者様の事例】

  • 相続財産:不動産(1,500万円)、預貯金1,500万円
  • 相続人:ご相談者様・兄・弟の三人
  • 遺言書:不動産は兄が相続、預貯金は500万円ずつ相続・生前贈与:兄に600万円

生前贈与が20年前だった場合の遺留分計算

  • 生前贈与600万円:持ち戻されない。
  • 相続人一人あたりの遺留分:現在の財産3000万円×1/6=500万円
  • 結論:遺言で預貯金を一人あたり500万円相続するので、遺留分(500万円)は侵害されず、遺留分侵害額請求をすることはできない。

生前贈与が5年前だった場合の遺留分計算

  • 生前贈与500万円は持ち戻される。
  • 相続人一人あたりの遺留分:3,000万円+600万円=3,600万円
    3,600×1/6=600万円
  • 遺言での相続分は500万円のため、遺留分600万円のうち100万円が侵害されている。
  • 結論:ご相談者様、弟は兄に対して各々100万円の遺留分侵害額請求をすることができる。

 

このように生前贈与がいつ行われたかによって、遺留分侵害額請求ができるかできないかが異なってきます。

ご相談者様の事例では、「随分昔」に生前贈与が行われたとのことですが、証跡を探し、この時点をはっきりさせることが必要となります。

特別受益の持ち戻し免除の意思表示は遺留分計算では考慮されない

特別受益の持ち戻しについては、被相続人の意思により、遺言書などで免除することができます。

詳しい説明については、前述した以前のコラムに記載していますが、ここで簡単におさらいをしておきましょう。

生前贈与をした場合、その贈与をした人が将来の相続の際、その贈与した財産を相続時の財産に入れずに計算してほしいと望む場合があります。

このように、特別受益の持ち戻しをしないようにすることを「持ち戻し免除」といいます。

この特別受益の持ち戻し免除は、遺言書などによって被相続人の意思表示によって行うことができます。

相続の際、生前贈与などの特別受益が存在する場合には、原則は特別受益分を加算して各相続人の相続分が算定されますが、この持ち戻し免除の意思表示があるときは、相続分の算定にあたって生前贈与はなかったものと同様に扱われることになります。

ではこの持ち戻し免除の意思表示は、遺留分を計算する際にはどのような影響を及ぼすのでしょうか。

結論から述べますと、特別受益の持ち戻し免除の意思表示は遺留分を計算する際には考慮されません。特別受益については持ち戻しをして遺留分算定の基礎財産額に組み込まれることになります。

本来、相続財産は被相続人の財産であり、その財産をどうするのかは、被相続人が自由に決めることができます。

その一方で、遺留分制度の趣旨は、被相続人の財産処分の自由に一定の制限をすることで、遺される相続人の生活保障を図る点にあります。

持ち戻し免除の意思表示を優先し、遺留分算定の基礎財産に含めないとすると、相続人が確保できる財産割合が少なくなり、遺留分制度の趣旨を害してしまうことから、持ち戻し免除の意思表示については、遺留分算定の基礎財産には含まないものとされるのです。

遺留分と持ち戻し免除の計算具体例

先に挙げた例を、以下の状況に置き換えてみてみましょう。

【今回のご相談者様の事例】

  • 相続財産:不動産(1,500万円)、預貯金1,500万円
  • 相続人:ご相談者様・兄・弟の三人
  • 遺言書:不動産は兄が相続、預貯金は500万円ずつ相続
  • 生前贈与(相続開始5年前):兄に600万円
  • 遺言書に「長男〇〇〇に対して行った事業資金600万円の贈与については、特別受益の持ち戻し免除する」との記載あり

 

このように被相続人の意思として「持ち戻しを免除する」と遺言書に記載されていたとしても、
遺留分の算出に当たっては基礎財産額に含めて計算することになります

 

【遺留分算出】

  • 生前贈与600万円は持ち戻される
  • 一人あたりの遺留分の計算:財産3,000万円+600万円=3,600万円
    3,600×1/6=600万円
  • 遺言での相続分は500万円のため、遺留分600万円のうち100万円が侵害されている。
  • ご相談者様、弟は兄に対して各々100万円の遺留分侵害額請求をすることができることになる。

生前贈与は将来の遺留分も含めて考えることが大切

今回の記事では、生前贈与等の特別受益の持ち戻しと遺留分の関係について説明しました。

 

遺留分を算出する際、特別受益の財産への持ち戻しは、その贈与等が相続開始前10年以内に行われたものに限られます。また、特別受益の持ち戻し免除の意思表示をしていたとしても、遺留分算出の際にはその意思表示は考慮されず、計算の基礎に含まれることになります。

 

生前贈与や遺言書の作成を行う場合には、遺留分も含め将来の相続の際に問題になるような点をよく考慮することが大切ですが、相続は様々な状況や制度や法律が関係することから、自分だけで理解して対応するのは難しい場合が多くあります。

また遺産分割や遺留分について当事者で話し合いを行おうにも、法律上の問題が多くあり、どう進めて良いのか分からない場合もあるかと思います。

 

そのような場合には、弁護士や行政書士など、専門家に相談することをおすすめいたします。

長岡行政書士事務所では、相続や遺言について親切・丁寧な対応を心がけておりますので、心配ごとや分からないことなどがありましたら、ぜひ一度ご相談にいらしてお話をお聞かせください。

 
行政書士 長岡 真也
この記事の執筆・監修者:長岡 真也(行政書士)
神奈川県行政書士会所属(第12091446号)
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