「遺言書の内容にどうも納得ができなくて」
「遺言の存在を知らずに遺産分割をしてしまったのだが」
「どうすれば遺言書と異なる相続が認められるの」
遺言の内容と残された人たちの気持ちが合致しない場合、どうすればいいのでしょう。
難しいところですよね。
遺言書と異なる遺産相続をしたい場合はどうしたらいいか、また、何ができるのかを今日も一緒に学んでいきましょう。
ここは横浜市にある事務所。
春の長岡行政書士事務所は、今日も活気に満ち溢れていますよ。
目次
遺言書と異なる遺産分割協議は有効か?
事務所の窓から桜を眺めるヨーコとひまり、なんとなく心沸き立つ二人。
ひまり:「ヨーコさん、春です! 桜が咲きましたよ、サクラ」
ヨーコ:「ひまりちゃん、そうねえ。サクラサク、うん、ユウさん今年は試験受かるといいわね」
ひまり:「サクラチルってのもありますが」
ヨーコ:「春だから許す。でもサクラといったらサクランボ、もう一回! ってね♪」
ひまり:「世代が違うんで、ちょっと何言ってるのかわからないです」
ヨーコ:「ちょっと向こうでお話ししましょうか」
ヨーコ:「さて、今日は遺言書があった場合、その内容と異なる遺産相続ができるかどうかを学びましょう。ひまりちゃんはどう思いますか?」
ひまり:「うーん・・・やはり故人の遺志を尊重すべきなので、遺言通りに遺産を分割すべきではないでしょうか。でも相続を受ける人の事情も大切ですよね。故人も自分の遺言で皆の仲が悪くなってしまうのは望まないでしょうし」
遺言書と異なる遺産相続は実務上可能
ヨーコ:「確かにそうですね。難しい。では、ちょっとここで民法908条1項を見てみましょう」
第908条
被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
ヨーコ:「この条文には被相続人、つまり故人は分割の方法を定められる、と書いてあります。このように遺言の中に特定の資産を特定の人に「相続させる」という旨のある遺言を特定財産承継遺言といいます」
ひまり:「はい、やっぱり遺言通りに遺産は分割するのですね」
ヨーコ:「ところが、なんでも遺言通りとするとかえって相続人にとって不都合なケースも発生します。例えば父が家と現金を遺してくれて家は妻、現金は全て子と遺言であっても、本当は子は実家が欲しい、妻は実は現金が欲しい、とかのケースもあるでしょう」
ひまり:「そっか、遺言は被相続人からの一方的な気持ちなので、それが相続人たちの気持ちに本当に合致するとは限らないのですね」
ヨーコ:「そうね、なので実務上は相続人全員の同意があれば分割可能、となっています。」
裁判例から見る遺言と異なる相続
ヨーコ:「遺言書と異なる遺産相続は実務上可能なことの根拠としては、さいたま地方裁判所平成14年2月7日判決などが挙げられます」
さいたま地判平成14年2月7日
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言が存在する場合には、直ちに当該遺産は当該相続人に相続により承継される。このように一旦は遺言内容に沿った遺産の帰属が決まるものではあるが、遺産分割は、相続人間における当該遺産の贈与や交換を含む混合契約と解することが可能であるし、その効果についても通常の遺産分割と同様の取り扱いを認めることが実態に即して簡明である。
ひまり:「んー、ちょっと難しい・・・」
ヨーコ:「大丈夫、解説するわね(微笑) つまり、いったんは遺言通りに遺産を分割したことにしたあと相続人の間で贈与や交換をしたことにし、最終的には皆で合意したとおりに分割した状態にしましょう、ということです」
ひまり:「なるほど、だから「実務上は」遺言書と異なる遺産相続が可能なのですね」
遺言と異なる遺産分割を行うための条件
ヨーコ:「ただ、やはり遺言と違う分割をするためにはいくつかの条件を満たすことが必要となってきます。それを今から教えますのでちゃんとメモしてね」
ひまり:「はい!」
遺言と異なる遺産分割を行うための条件としては、次の3つが挙げられます。
- 相続人と受遺者の全員が合意していること
- 遺言執行者が同意していること
- 遺産分割協議が遺言で禁止されていないこと
それぞれの詳細をストーリー形式で解説します。
相続人と受遺者の全員が遺言書とは異なる遺産分割方法に合意していること
1つ目の条件は、相続人と受遺者の全員が遺言書とは異なる遺産分割方法に合意していることです。
ヨーコ:「まず相続人と受遺者の全員が遺言の内容に納得しておらず、遺言書とは異なる遺産分割方法に合意した場合は遺産分割協議による相続が認められます」
ひまり:「ちょっと待ってください、相続人だけなくも受遺者も同意している必要があるのですか?そもそも、受遺者ってなんでしょうか」
ヨーコ:「よく気がつきましたね。受遺者とは遺産を受ける人のことです。遺言の内容によっては親族以外の第三者にも遺産を分けるケースも想定されますので、その場合はその受遺者も遺産分割協議による相続に合意する必要があります」
遺言執行者が同意していること
2つ目の条件は、遺言執行者が同意していることです。
ヨーコ:「遺言書で相続人以外の人を遺言執行者に指定している場合については、遺言執行者の同意が必要になります」
ひまり:「遺言執行者とは、遺言を遺した人の意思を実現するために遺言執行を行う人ですね」
ヨーコ:「よく勉強してますね(笑)、そのとおりです。 遺言執行人はあくまでも代理人なので、実務上は相続人や受遺者が同意していれば遺言執行人が反対することはあまりないようです」
遺産分割協議が遺言で禁止されていないこと
3つ目の条件は、遺産分割協議が遺言で禁止されていないことです。
ヨーコ:「さて、ちょっとここで民法907条を1項を見てみましょう」
第907条1項 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
ヨーコ:「条文中に「被相続人が遺言で禁じた場合を除き」、とあるとおり、遺言の中で遺産分割協議が禁じられていた場合は遺言のとおりに遺産を分割する必要があります」
ひまり:「わかりました。そもそも遺言で禁じられていたら遺産分割協議は不可なのですね」
遺産分割協議についてさらに詳しく知りたい方は「遺産分割協議とは?流れとポイントを行政書士が解説」という記事もご覧ください。
遺言書と異なる相続で気を付けるべきポイント
ヨーコ:「今日は最後に、遺言とは異なる分割をした場合に気をつけなければいけないポイントを紹介します。せっかく苦労して全員が合意しても、あとから知らないことが出てきてトラブルに発展という事がないようによく覚えておいてください」
既に遺言書に従っている場合は遺産の再分割になる
ヨーコ:「既に遺言書に従って遺産分割を行った後に遺産分割協議を行った場合は、遺産の再分割になります」
ひまり:「一回遺言により分割が終わって、さらにもう一回分割する、という2段階にとらえられるということでしょうか」
ヨーコ:「そのとおりです。で、遺産の再分割を行った場合は、遺言により財産を取得した人から遺産分割協議により財産を取得した人への所有権の移転となるため、贈与税または所得税が課税される可能性があります」
ひまり:「え?! 税金が発生してしまうのですか。私の取り分が減っちゃいそう」
ヨーコ:「あなたは関係ないでしょ(苦笑) また、既に遺言に従って不動産の登記を行っている場合で、その後に遺産分割協議で所有者が変更になる場合は、新たに不動産取得税・登録免許税が課税される可能性があります。今日は税金に関してここまでにしておくけど、大切なポイントではありますね」
ひまり:「私の取り分が・・・」
遺言書の存在を知らずに遺産分割協議を行った場合は無効になる可能性がある
ヨーコ:「実は遺言の存在を知らずに遺産分割協議を行い、その後に遺言書が発見されることも珍しくはありません」
ひまり:「はい、この前見たドラマでも、相続人たちが集まって分割に関して言い合いをしてる中で急に「遺言書がみつかったぞ!」と。もちろん勉強の一環として見たドラマですが」
ヨーコ:「・・・そう。このような遺言書の存在を知らずに遺産分割協議を行ったケースでは、相続人に錯誤があったとみなされ、遺産分割協議は無効となってしまいます。さらに、一部の相続人が遺言書の存在を知っていたとしても、相続人の中に1人でも遺言書の存在を知らない場合も同様に遺産分割協議は無効です」
ひまり:「厳しいのですね・・・」
ヨーコ:「そうですね。ただ、それだけ相続というのは慎重さが必要とされる重要なイベントなのですよ」
ひまり:「はい、私も早くお客様のお手伝いができるようにがんばります!」
遺産分割協議による相続は行政書士など専門家へ相談を
相続には「遺言による相続」と「遺産分割協議による相続」があります。
原則的には、亡くなった方の意思を尊重するために遺言による相続が優先されますが、相続人全員の同意があれば「遺産分割協議による相続」が可能です。
遺言と異なる遺産分割を行うための条件のおさらい
- 相続人と受遺者の全員が遺言書とは異なる遺産分割方法に合意していること
- 遺言執行者が同意していること
- 遺産分割協議が遺言で禁止されていないこと
遺産分割協議による相続に切り替わった場合も注意すべき点は多々ありますので、円滑に進めるためにも行政書士事務所など専門家のアドバイスを参考にされることをお勧めします。