事情があってまだお腹にいる子ども(胎児)にも相続させたいと思う方もいるのではないでしょうか。
この記事では、胎児に相続させる旨を記した遺言書や、胎児への相続について行政書士が解説します。
お腹の中の子にも遺産を残してあげたいと思い、相談に参りました。
現在お付き合いをしている女性のお腹に私の子供がいます。
結婚しようと思っていた矢先に私の病気が発覚し、お腹の中の子が生まれてくるまで持つかどうかわかりません。
私には前妻との間にもう一人子供がおります。
お腹の中の子もどちらも自分の子供ですから、兄弟平等に遺産を残してあげたいのです。
遺言書に記載すれば、出生前の子でも相続することはできるのでしょうか?
今回のご相談者様の事例は、胎児であっても遺言書で遺産を残してあげることは可能か?といった内容のご相談です。
結論から申し上げますと、出生前のお子さん(胎児)であっても遺産を残してあげることは可能です。
しかし、人が何らかの権利を得たり義務を負うことは、出生して生存していることが原則とされていて、胎児の相続についてはあくまでも例外として認められているのです。
胎児の相続は例外として認められているものですから、いくつか注意点もございます。
今回は、遺言で胎児に相続させることはできるのか?また、胎児に相続させる場合の注意点についても併せてご説明したいと思います。
目次
胎児の相続権はいつから発生する?
さて、胎児の相続権はいつから発生するのでしょうか。
結論とすると、まだお母さんのお腹の中にいる胎児であっても相続権は認められています。
胎児は相続開始時に既に生まれたものとみなされる (胎児にも相続権が認められる)
本来、法律上の大原則として胎児に権利能力は認められません。
相続について規定されている民法に、以下のように人間の権利義務についての規定があります。
民法 第3条1項 権利能力
私権の享有は、出生に始まる。
この規定は”人の権利能力は出生によって認められます”というものです。
そもそも”権利能力”とは、”法律上の権利・義務の主体となることができる資格のこと”をいいます。
人が人として権利を取得したり、義務を負担したりすることは、出生後でなければできないと法律では考えられいるわけです。
この原則に従えば、相続開始時、つまり被相続人(胎児の親)の死亡時には、胎児は出生前の状態ですから、胎児に権利能力は認められません。
つまり、原則通りに考えると、胎児には相続人として遺産を受け取る権利も認められません。
しかし、相続については以下のように例外的な規定が設けられています。
民法 第886条 相続に関する胎児の権利能力
胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。
この規定は、”相続については例外的に胎児をすでに生まれたものとして扱い、権利義務を認めます”といった内容の規定です。
つまり、”原則として権利義務の主体となることができるのは出生後の人だけ、しかし例外的に相続については胎児もすでに生まれたものとみなして、相続権を認めます”、というものです。
なぜ相続については例外が認められているかというと、そもそも相続は血縁に従って親から子になされることが優先されており、以下の点について考慮されたためと解されています。
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以上のことから、相続については例外的に胎児にも相続権が認められ、父親の財産を相続することが可能とされています。
死産の胎児は相続できない
胎児は相続開始時に既に生まれたものとみなされるものの、残念ながら死産だった場合には胎児に相続権は認められません。
胎児の相続権については、胎児が生まれることを条件としています。
民法 第886条2項 相続に関する胎児の権利能力
胎児が死体で生まれたときは適用しない。
つまり、胎児の状態で相続権が認められていたとしても、死産であった場合には相続人でなかったことになってしまいます。
生まれてまもなく子どもが死亡した場合は相続権が認められる
死産の場合は相続権が認められませんが、生まれてまもなく子どもが死亡した場合は相続権が認められます。
たとえば赤ちゃんが生まれた後、1週間でも1分でも、母体から胎児の体が全部露出して生存していた場合には相続権が認められます。
全部露出・・・?何やら妙な言い方ですよね。
これは胎児が”どの時点で人として生まれた”とみなされるのか?という民法上の考えからきています。
民法上、人の始期については、”胎児の体が母体から全部露出した時点”と考えられています。
つまり胎児が母体から完全に離れて、1分でも1秒でも生存していた場合に、『人として生存していた』と考えられるため、胎児にも正式に相続権が認められることになります。
胎児が相続権を認められる条件が「出生(全部露出して生存)」である、ともいえるでしょう。
胎児に相続させる遺言書の書き方
ここまでにご説明した通り、無事に出生することが条件とはなりますが、胎児にも相続権が認められます。
つまり、遺言で胎児に対して遺産を遺すことも当然可能です。
ただし、遺言書の書き方には注意が必要です。
遺言書を作成する際に、記載方法として、遺産を受け取る相手に間違いがないように『氏名』、『続柄』、『生年月日』といった基本的な情報を記載する必要があります。
しかし、胎児についてはまだ生まれていないため、氏名や生年月日といった基本情報を持っていません。
そのため、胎児を特定するために遺言書には以下のように記載するケースが一般的です。
<記載例> 『Aは、Aが有する〇〇(財産)を妻B(生年月日)が懐胎している胎児に相続させる』 |
この点、『Aは、Aが有する〇〇をいずれ生まれてくる我が子に相続させる』というような内容では相続人となる胎児の特定がされていないため無効と判断されるリスクがあります。
遺言書に記載する際には注意が必要です。
胎児も代襲相続できる
代襲相続とは、相続人の子が相続するという相続方法です。
民法では、故人の子が相続の開始前に死亡していた場合や相続廃除(※1)されている場合、あるいは相続人として欠格事由(※2)に該当し、相続権を失っていたような場合には、その者の子が代わりに相続するとされています。
(※1)相続廃除とは・・・被相続人がその者に財産を相続させたくないことも当然と思われるような事由(例えば、被相続人を虐待しているなど)がある場合に、その者の相続権を失わせることを指します。
合わせて読みたい:相続廃除とは?特定の相続人に相続させない方法を行政書士が解説
(※2)欠格事由とは・・・相続人が重大な非行を行なった場合に相続人となる権利を失います。その権利を失う事由のことを指します。(例 被相続人を殺害、遺言書の偽造・変造、遺言書作成の際に脅迫したような場合)
民法 第887条の2 子及びその代襲者等の相続権
被相続人の子が、相続開始以前に死亡したとき、又は891条の規定(相続人の欠格自由)に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。
合わせて読みたい:数次相続とは?代襲相続・再転相続との違いや相続手続き・相続放棄の注意点を解説
この規定からは『胎児』については代襲相続できませんといった内容は読み取ることはできません。
つまり、”胎児はダメ”と言われていない以上、胎児であっても代襲相続は可能と解釈されています。
また、胎児は出生しているものとしてみなされること、以上のことから、胎児についても代襲相続が認められると捉えられています。
胎児は遺産分割協議に参加できない
相続人の一人である胎児は相続権があるとはいえ、”人の権利義務は出生によって始まる”という民法の原則通り、胎児には出生するまでは相続以外の権利能力はありません。
また、まだ何ら判断のできない胎児が任意に代理人を選任することは不可能ですし、出生すらしていないため法定代理人も存在しません。
そのため、胎児が遺産分割協議を行うということはできないと解されています。
合わせて読みたい:遺産分割協議とは?流れとポイントを行政書士が解説
胎児も相続放棄できる
胎児に相続権が認められている以上、胎児には相続放棄をする権利も認められています。
胎児が相続放棄をする場合の手続き方法は、胎児の出生後に家庭裁判所へ相続放棄の申述をすることになります。
この場合、親御さんが胎児の法定代理人として相続放棄をすることが一般的です。
本来、相続放棄は相続開始後3ヶ月以内にしなければなりませんが、胎児の場合には生まれてからでなければ手続きをすることができません。
生まれるまでに相続放棄をしなければならない期限を経過してしまう可能性もあります。
その場合の起算点は『出生日から3ヶ月』となります。
産後大変な時期ではありますが、胎児が出生してから3ヶ月以内に相続放棄の手続きを行いましょう。
相続放棄について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:相続放棄とは?遺産相続で負債がある場合の対処法を行政書士が解説!
胎児が相続する場合の注意点
遺言書によって胎児を相続人とすることは可能ですが、以下のような場合には一般的な手続きとは異なる場合がありますので注意が必要です。
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相続人の中に胎児がいる場合の遺産分割協議
相続人の中に胎児がいる場合、胎児抜きでなされた遺産分割協議は無効となる可能性があります。
遺産分割協議は、原則として相続人全員で行う必要があります。
さらに、遺産分割について全員で話し合い、全員がその話し合いの内容に合意している必要があります。
相続人が一人でも欠けた状態で行われた遺産分割協議が無効となった場合には、再度遺産分割協議をする必要があります。
例え胎児であっても相続人の一人ですから、胎児が遺産分割協議に参加している必要があるのです。
しかし、民法の大原則は、私権は出生により生じます。
胎児に相続権が認められるのはあくまでも例外的なものです。
そのため、胎児は権利義務の主体となることはできず、遺産分割協議に参加することはできません。
したがって、胎児がいる場合に遺産分割協議を行なってしまった場合、相続人が欠けた状態で遺産分割協議を行なったとみなされ、無効となります。
その結果、再度遺産分割協議を行わなければならなくなってしまう可能性があります。
遺産分割協議は簡単なものではありません。
二度手間になってしまうことを避けるためにも、胎児が出生後に行うことをおすすめします。
胎児の親や兄弟も相続人である場合
胎児の相続放棄の手続きを行う場合、胎児の親御さんが行うことが一般的です。
しかし、以下のようなケースでは利益相反行為となる可能性があるため、親御さんが代理人となることはできません。
家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。
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利益相反行為とは、一方には利益となる行為であって、もう一方には不利益となる行為のことを指します。
一人が相続放棄をした結果、他の相続人の相続分は増加します。
つまり、親兄弟が相続人でありながら胎児の相続放棄をするという行為は、親兄弟の相続分を増加させることになります。
また、代理人は本人の利益を最優先に考える必要がありますが、それぞれの代理人となる行為は利益の衝突となります。
このような場合には、法定代理人である親御さんの代わりに、家庭裁判に”特別代理人”を選任してもらい、子の相続放棄や相続手続きを行う必要があります。
『特別代理人』について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:未成年がいる場合の遺産相続とは 特別代理人の概要とその選任方法
胎児名義の相続登記
胎児名義の相続登記も、不可能ではありません。
しかし胎児には戸籍をはじめ法的な根拠のある名前がありませんから、「亡~~(父親)妻~~胎児」のような登記名義になります。
また、先述したとおり、胎児は遺産分割協議には参加できません。そのため遺産分割協議による相続登記はできず、法定相続分による相続登記、または遺言による相続登記に限られます。
さらに残念ながら胎児が亡くなってしまった場合(死産の場合)は、その胎児への相続はなかったものとなります。つまり、名義変更の修正が必要となることも覚えておきましょう。
胎児がかかわる相続税申告
胎児は相続については生まれたものとみなす、と紹介してきましたが、これは民法の規定です。
相続税にかかわる税法では、相続税の申告期限までに胎児が生まれているか否かによって扱いがかわります。
相続税の申告期限は、相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。この申告期限内に胎児が出生した場合は、生まれた赤ちゃんも相続人の一人として相続税を申告します。
赤ちゃんの相続税申告期限は、法定代理人(親権者)が胎児の出生を知った日の翌日から10か月以内です。
一方、他の相続人(亡くなった方の配偶者など)の申告日までに胎児が出生していない場合、相続税は胎児はいないものとして計算します。
そして、胎児がいないものとして相続税を申告した後に、無事に胎児が出生した時は、胎児であった相続人(赤ちゃん)の相続税を、法定代理人が申告しなければなりません。この赤ちゃんの相続税申告期限も、法定代理人が胎児の出生を知った日の翌日から10か月です。
さらに、胎児以外の相続人にとっても、胎児が生まれると当初の相続税額が変わります。相続税を多く納めすぎていた場合は、胎児の出生を知った日の翌日から4か月以内に更正請求を行うことで、税還付してもらえるのです。
このように、胎児がかかわる相続税は非常に複雑ですので、税理士に相談することをおすすめします。
胎児に相続させたい場合は行政書士へご相談ください
胎児に相続させる旨の遺言書を作成する方は稀なように思われます。
なぜなら、胎児は基本的に相続人であること、子供が胎児ということは両親もお若く、まだ遺言を考えるほどの年齢ではないことなどが挙げられるかと思います。
しかし様々なご事情から必要とされる場合もあると思います。
胎児へ遺産を残してあげる遺言書を遺す場合には一般的な記載方法とは異なる点があるなど、さまざまな配慮が必要となります。
確実にお腹の中のお子さんに財産を残してあげるためにも、胎児がかかわる遺言書作成は行政書士、胎児がかかわる相続税は税理士に相談しましょう。
長岡行政書士事務所では、胎児がかかわるような複雑な遺言・相続手続きの相談も承っています。
初回相談は無料ですので、お悩みの方はお気軽にお問い合わせください。
<参照>
常岡史子/著 新世社 『ライブラリ 今日の法学=8 家族法』