父が亡くなり、長男である私が遺言執行者として指名されていました。
そもそも遺言執行者ってなに?というところでもあるのですが・・・
遺言執行者の経験をしたことのある知人に聞いたところ、まずは相続人に対して遺言の内容や遺言執行者に就任した旨を通知する必要があると教えてもらいました。
私にも仕事があり忙しく、できるだけ無駄を省きたいと思っています。
相続人全員に通知する必要はあるのですか?
遺留分を請求する権利を持っていない人に対しても、私は通知しなければならないのでしょうか?
今回のご相談者様は、遺言執行者に選任され、通知義務があるけれど、遺留分を有していない人に対しても通知する必要があるのか?というご相談です。
結論から申し上げますと、遺留分権を持っていない相続人に対しても通知する必要があります。
通知をせず、相手方に損害が生じてしまった場合、損害賠償を請求される可能性もあります。
今回は、遺言執行者の通知義務について、また、遺留分請求権を有していない者に対する通知義務についてもご説明します。
目次
遺言執行者とは遺言の内容を実現する人
遺言執行者とは、遺言の内容を実現する役割を担う人のことです。
遺言者が遺言書で指示したことを忠実に従って執り行うことを任務としています。
遺言執行者の任務は、財産目録の作成や預貯金の払い戻し、相続人へ財産を分配することや不動産の名義変更など、遺言の内容に従って様々な任務を担います。
遺言執行者について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:遺言執行者とは?実行する内容・権限の書き方を行政書士が分かりやすく解説
遺言執行者の義務
遺言執行者の義務について、以下のように民法に定められています。
民法 第1012条 遺言執行者の権利義務
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
これらの条文から読み取れることは、遺言執行者の職務は、『遺言の内容を実現すること』であり、
遺言執行者は必ずしも相続人の利益のためにのみ行為をする責務を負うわけではなく、相続人の利益と遺言の執行とが対立するような場合、遺言執行者は遺言者の意思を実現すべき権利を有し、また義務を負っている事を明文化していると解されています。
遺言執行者の義務について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:遺言執行制度と遺言執行者の義務について行政書士が解説
遺言執行者は相続人に対して通知する義務を負っている
遺言執行者は、任務を開始した時に、一定の通知義務を負います。
まずは、遺言執行者が行なった行為は、相続人に対してどのような法的効力が生ずるのかを確認しておきます。
民法 第1015条 遺言執行者の行為の効果
遺言者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。
この条文は遺言執行者として行なった法律行為は、相続人に対して法的な効力が及ぶという内容です。
この条文は平成30年の民法改正によって定められたものです。
従来は、遺言執行者には通知義務はなく、遺言執行者が行なったことは相続人に対して効力が生ずるにもかかわらず、相続人等は何も知らされないままに相続の手続きが進められ、後からトラブルになるケースが多く見られました。
そのため、遺言執行者に対して一定の内容を相続人に通知する旨が義務付けられました。
合わせて読みたい:民法改正!遺言執行者の権利義務とは?明確になった立場を行政書士が解説!
遺言執行者が負う通知義務の内容
平成30年の民法改正によって、遺言執行者は相続人に対して通知する義務を負うようになりました。
民法には、遺言執行者がいつ・誰に・何を、通知するべきかという点について、以下のように定めています。
民法 第1007条2項 遺言執行者の任務の開始
遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しないければならない。
この条文から、通知について、以下のことが読み取れます。
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以下で、詳しくご説明します。
遺言執行者に就任したらできるだけ早く通知が必要
上でご紹介した民法1007条2項には、”通知が必要な時期”について、遺言執行者が任務を開始した場合、遅滞なく通知する義務がある旨が記載されています。
問題は”遅滞なく”、という点です。
”遅滞なく”とは、法律上使われている場合、”できるだけ早く”という意味です。
何ヶ月以内というような、明確な基準があるわけではありません。
できるだけ早くと言われても、基準は人によってそれぞれなので難しいですね・・・
しかし、通知は遺言執行者の義務です。
可能な限り早く通知してあげると相続人の方々は安心できるでしょう。
相続人に対して通知が必要
上でご紹介した民法1007条2項には、”相続人に対して”通知が必要である旨が規定されています。
相続人に対して通知が必要であると規定されている理由は、相続人には遺留分(※1)を侵害された場合、請求する権利があるからです。
そのため、遺言の内容に重大な利害関係があるから通知が必要であると考えられています。
(※1)遺留分とは・・・
遺産について、一定の相続人に対して相続が確保された割合のこと。
遺産は原則とてして遺言者が自由に処分できますが、相続人の生活保障や相続人の平等の観点から、遺留分として遺言者が財産を処分することについて制限が加えられています。
”遺言内容”と”遺言執行者に就任した旨”の通知が必要
通知する必要がある内容についても、上でご紹介した民法1007条2項には遺言の内容を通知すべき旨が規定されています。
遺言の内容については、遺言書のコピーを添付することが一般的です。
また、遺言の内容と併せて、自らが遺言執行者に就任した旨の報告が必要です。
遺言執行者には、通知義務だけではなく、相続財産の目録作成交付義務(民法1011条)もあります。
就任通知と併せて、相続財産の目録も送付することも可能です。
遺留分がない人に対しても遺言執行者は通知義務を負う
相続人に対して遺言の内容を通知しなければならない理由として、”遺留分を請求する権利があるから”とご説明しました。
では、遺留分を請求する権利を有しない遺言者の兄弟などの相続人に対しては通知する必要はないのか?と言われるとそうではありません。
合わせて読みたい:遺留分とは?具体例や侵害された遺留分請求方法を分かりやすく解説!
遺留分がない人に対しても、以下の理由から通知義務があると考えられています。
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遺言の内容を知る法的な利益を有しているため
遺留分を有していなくても、遺言書が有効でなければ相続できる可能性があります。
また、自らに関係ある部分については知る権利があります。
そのため、遺留分を有していなくとも通知は必要であると考えられています。
遺言書に記載されていない財産については相続することができるため
遺言書が存在しても、遺言書に記載されていない財産があれば、遺留分がなくても相続は発生します。
もし、遺言書から漏れている財産がある場合には、知らない間に相続している可能性があります。
自らが相続していないことを確認するためにも、遺言書の内容を知る必要があるので通知が必要であると考えられています。
遺留分がなくとも、遺言の内容は相続人全員にとって重要となります。
法律に遺留分がない人には通知不要という規定はないため
上でご紹介した民法1007条の通知義務の内容には、”相続人に対して通知が必要”としか規定がありません。
屁理屈のようにも聞こえますが、”条文には遺留分を有しているかどうかによる区別はない”ということから遺留分がなくとも相続人である以上、通知が必要であると考えられています。
いずれにしても、相続人に対する通知義務なので、相続人が遺留分を有しているか、財産を取得するかどうかは関係なく、通知が必要であると考えられています。
遺言執行者が義務に違反して通知しなかった場合
遺言執行者が通知義務を履行しないことによって相続人が損害を被れば、債務不履行または損害賠償請求を相続人から請求される可能性があります。
相続できなかった結果に生じる損害だけではありません。
例えば、遺言の内容が通知されず、自ら調べた場合に発生した調査費用についても損害であると言えます。
そのほか、利害関係人からの請求で家庭裁判所に遺言執行者を解任されてしまうという可能性もあります。
相続人等に対する通知がないことによって直ちに損害賠償や解任といったことになるわけではなく、諸般の事情を総合的に勘案して判断されることにはなりますが、通知義務違反を犯すことが損害賠償などの危険があるという点には注意が必要です。
合わせて読みたい:遺言執行者って解任できるの?行政書士が具体的なケースを解説!
通知を怠った場合、ペナルティの可能性もあるため注意が必要
遺言執行者から相続人に対する通知は、平成30年以降は法的義務に変更されました。
通知が義務付けられたのは、比較的最近変更された点ですから、注意が必要です。
遺言執行者の通知がなくとも、遺言書の効力がなくなるわけではありません。
そのため、通知がなされなかった場合、相続人の利益が害される可能性があります。
一方で、遺言執行者が通知義務を怠った場合には損害賠償請求や遺言執行者を解任される可能性も生じます。
通知がなかった結果、遺言執行者と相続人、双方にとって不利益となる可能性があるため、注意が必要です。
遺言執行者に指名された場合、さまざまな権利が発生すると同時に多くの義務も負います。
遺言執行について、お困りの際は長岡行政書士事務所へご相談ください。
<参考文献>
・潮見佳男/著 有斐閣 『民法(全) 第3版』
・常岡史子/著 新世社 『ライブラリ 今日の法学=8 家族法』