そろそろ遺言書の作成をしたいと思っています。
子供達で均等に遺産を分割してくれれば良いと思っていたので遺言書を作成するつもりはありませんでした。
しかしここ数年、次男が荒々しくなり、何度もお金の無心に来るのです。
相続権を剥奪するためにはしかるべき理由や、家庭裁判所の決定が必要だと聞きました。できるだけ大変な手続きはしたくありません。
遺言書で『相続させない』と記載するだけでは相続させないことはできないのでしょうか?
また、相続権を奪う手続きをしないままに遺言書に記載してしまった場合、遺言書の効力はどうなってしまうのでしょうか?
今回のご相談は、遺言書で相続させないことはできるのか?その場合、遺言書の効力はどなるのか?と言ったご相談です。
結論から申し上げますと、遺言書は、相続する財産の割合を指定することができます。そのため、相続させないとすることも可能です。
また、”相続させない”と記載したことによって効力が無効となることもありません。
しかし、遺留分を持っている相続人の場合には注意が必要です。
今回は、遺言書で『相続させない』と記載した場合の遺言書の効力についてご説明します。
※このコラムは当事務所の解釈・見解に基づくものであり、判例や学説等で確立されていない場合もございます。今後判例や学説等で解釈や見解が変更される場合もございますのでご了承ください。なお、あくまでも現時点での当事務所の解釈・見解に基づくものでありますので、実際にこのコラムを活用する場合はご自身の責任においてやっていただければ幸いです。
目次
法律では誰が相続人となるかは決まっている
人がお亡くなりになったとき、”誰が相続人となるか”について、以下のように民法に定めがあります。
民法 第887条 被相続人の子は、相続人となる。
民法 第889条
次に掲げる者は、第887条の規定により相続人となるべき者がいない場合には、次に掲げる順位に従って相続人となる。
一 被相続人の直系尊属。ただし、等身の異なる者の間では、その近い者を優先する。
二 被相続人の兄弟姉妹
民法 第890条 被相続人の配偶者は、常に相続人となる。
以上の決まりから、配偶者は常に相続人となり、以下の者と共に相続します。
相続順位 | 相続人 |
第1順位 | 子 |
第2順位 | 直系尊属(親・祖父母等) |
第3順位 | 兄弟姉妹 |
つまり、故人に配偶者と子供がいる場合、相続人は配偶者と子供となり、配偶者はいるけれども子供がいない場合には配偶者と両親などの直系尊属が相続することになります。
以上の人は、自動的に相続人となる、”法定相続人”として法で守られています。
法定相続人について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:新人補助者ひまりの事件簿①法定相続人の範囲〜配偶者と子供編〜
相続人から相続権を一方的に奪うことは難しい
相続制度には、被相続人の意思を尊重するという側面がある一方で、相続人の生活保障や相続人間の平等を図るという目的を持っています。
そのために法定相続人として配偶者や子ども、親や兄弟姉妹を設定し、家族を法律で守っているのです。
そのような相続制度の趣旨から、被相続人が一方的に相続人に付与される相続権を剥奪することは容易ではありません。
たとえ、大喧嘩の末、本人が『絶縁だ!!』と言って出て行き、消息もわからないまま何十年も会っていなかったとしても法定相続人であるという法律の定めには何ら影響はなく、法定相続人となります。
また、親不孝者の子供を勘当して、絶縁状を内容証明郵便で送るなど縁を切るためにどんなに手間をかけたとしても、法定相続人に変わりありません。
このように、法定相続人は法によって守られている立場ですから、個人の思いだけで相続権を取り上げるということは難しく、どうにもならないものでもあるのです。
自分の財産をどのように処分するかは自由
法律で法定相続人が守られているとはいえ、相続される財産はご自身のものです。
相続について定められている民法には、”私的自治の原則”という原則があります。
”私的自治の原則”とは、市民生活、とくに財産取引については、各人が自由意思に基づいて法律関係をつくることができ、国家はみだりに干渉すべきではないと考えられているものです。
この原則によって、民法における、契約の締結や遺言等の作成について、制限はされていません。
以上のような考えから、ご自身の財産について、”どのように処分するか”また、”誰に譲るか”ということについてはご本人の意思が最優先に考えられます。
そのため、相続についても遺言書がある場合、ご自身の意思が最優先されます。
一方的にすべての相続権を剥奪することは難しいですが、相続制度を守った上で、条件によっては相続させたくない相続人が有している相続権を取り上げることは可能です。
遺言書で相続させたくない相手を指定することができる
特定の相手に相続させない一つの方法が、遺言書に”相続させない”と記載する方法です。
そもそも、遺言書の役割は、ご自身の財産について、ご自身の意思を尊重して実現することができるようにするものです。
また、民法の大原則である、”私的自治の原則”の、ご自身の財産については国家に介入されることなく自由に決定をすることができるという考えから、遺言書が存在する場合、ご自身の財産についてはご本人の意思が尊重され、例え法律に相続人が決められていたとしても、ご自身の意思が尊重されます。
つまり、法定相続人であっても、自身の財産については自由な処分が許されていること、そしてその意思が遺言書によって表明されている場合には、”相続させない”と記載することで、特定の相手に相続をさせないことも可能となると解釈できます。
しかし、相続財産を実質的にゼロにするというような効果を有するのは、遺留分を有していない兄弟姉妹に対してのみです。
配偶者や子、親は遺留分を有しているため、完全に相続財産をゼロとすることは難しいです。
遺留分を持っている相続人はすべての相続権を奪うことができない
相続制度の趣旨は、遺族の生活保障や相続人間の平等のためであると考えられています。
そのため、法定相続人の中でも、”配偶者”や”子ども”、”親”などには『遺留分』が認められ、最低限の相続分が法によって守られています。
したがって、被相続人が次男には『相続財産を一円すら相続させたくない!』と考えたとしても、それは困難です。
遺留分を有する配偶者や子どもは、『遺留分侵害額請求権』という権利を持っていて、その権利を行使された場合には、相続した相続人は遺留分に相当するお金を渡さなければなりません。
かえって相続人等の手間を増やし、トラブルの元を作ることになりかねません。
遺留分を請求できる相続人は配偶者・子ども・親となります。
遺留分について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:遺留分とは?具体例や侵害された遺留分請求方法を分かりやすく解説!
特定の相続人へ一銭も渡したくない場合は相続廃除の検討
すでにご説明した通り、配偶者や子どもや親については、遺留分が認められるため、一銭も相続させないということは困難です。
それでも被相続人の意思で相続人の資格を奪うのが”相続廃除”です。
相続廃除とは、非行のあった相続人から相続権を奪う手続きです。
相続廃除された相続人には遺留分すら認められず、遺留分侵害額請求権を行使することもできなくなり、遺産を一切相続させないことが可能となります。ただし必ず認められるとは限らない点は注意が必要です。
相続廃除について、詳しくは以下のリンクからご確認ください。
合わせて読みたい:遺言執行者が行う推定相続人の廃除とは|手続きを詳しく行政書士が解説
相続させないと書いた遺言書の実際の効力
『相続させない』と特定の相続人を指定した遺言書を作成することは可能と解釈できます。
この『相続させない』と記載された遺言書の効力は、遺留分を考慮する必要はありますが、『相続せない』と指定された相続人の相続分をゼロと指定するものであると解釈できます。
そして、相続させないという旨の遺言は相続する人数によって以下のように遺言の効力が変わります。
『相続させない』という遺言により残る相続人が1人となった場合
特定の相続人に『相続させない』という遺言は、『相続させない』と特定された人以外に相続人がほかに1人いる場合、『相続させない』と特定されていない相続人に対する”全部包括遺贈”ないし”包括全部特定財産承継遺言”であると解することができます。
”全部包括遺贈”であっても、”包括全部特定財産承継遺言”であっても、言葉どおり全部(全財産)を遺贈することを指します。
つまり、『相続させない』という遺言書によって、相続人が一人になってしまった場合、当該相続人に対して、不動産や預貯金だけでなく、家電や衣類も含めて遺言者の財産をすべて相続させる効力を持ちます。
この場合の相続手続きは、相続することができる相続人が一人であることから、遺産分割協議は不要であり、残る相続人のみで手続きをすることができると解することができます。
『相続させない』という遺言で残る相続人が複数の場合
特定の相続人に『相続させない』旨の遺言は、遺産分割方法の指定として解することができるところ、この指定により相続する割合が当該相続人に対してはゼロとなったわけですが、残る相続人が2人以上いる場合、この2人にはどのように分けるかが確定していません。
この点、残る2人で遺産分割協議をして、被相続人の遺産をどのように分けるのかを決めていただくことになります。
つまり、相続人が複数存在する場合には、遺産分割協議が必要となります。
遺言を作成する際には文言に注意
遺言の効力は、遺言者ご本人がお亡くなりになった後に効力を生ずるものです。
そのため、ご本人の真意を確認する術はなく、『相続させない』という内容の遺言書にはさまざまなトラブルが生じる可能性があります。
『相続させない』という記載の遺言は有効と解釈できます。
しかし、遺言の内容について解釈に疑義が生じる可能性があるため注意が必要です。
『相続させない』という記載は、以下のようにさまざまな解釈をすることができます。
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したがって、遺言書を作成する際には、『〇〇の相続分を遺留分を除いてゼロにする』や、『〇〇を相続廃除する』というように明確に記載すると良いでしょう。
相続させたくない相続人がいる場合は専門家への相談がおすすめ
そもそも相続の趣旨が家族の生活保障などに由来するため、配偶者や子どもなどの法定相続人に認められる権利は非常に強固なものです。
たとえ遺言をしたとしても完全に相続権を奪うことは容易ではありません。
相続廃除の手続きができれば確実ですが、認められるケースが少ないのが現状です。
遺留分を持つ相続人がいる場合や、相続させたくないという意思の表明は相続廃除を望むものなのかという判断が難しい場合など、遺言書によって『相続させない』と伝えることはトラブルの元になる場合もあります。
相続させたくない相続人がいる場合には、早期の段階における生前贈与や遺言書の作成など、さまざまな方法によって対策を講ずることが必要となる場合もあります。
最適な対策法を選択し、ご本人の意思に沿った相続を現実のものとするために、専門家へのご相談をお勧めします。
<参考文献>
常岡史子/著 新世社 『ライブラリ今日の法学=8 家族法』
森公任・森元みのり/著 日本加除出版株式会社 『法律家のための遺言・遺留分のポイント 遺留分侵害額請求・遺言書作成・遺言能力・信託の活用・事業承継』