「自分が亡くなった後の財産の譲り渡しは、遺言しかできないのか。」
「死因贈与という言葉を聞いたけれど、遺言と違うの?」
「死因贈与と遺言、どちらが優先される?」
自分が亡くなった後、自身の財産を誰にどう分けるのか記しておく手段として、遺言を思い浮かべる方は多いと思います。
遺言のほかにも、「死因贈与」とよばれる贈与契約の方法があり、自分が亡くなった時に財産を特定の人に譲ることができます。
今回は、この死因贈与と遺言について、死因贈与契約と遺言書はどちらが優先するのか、それぞれの手続きはどうなるのか解説していきたいと思います。
目次
死因贈与と遺言の違い
ご相談者様:40代男性
私は長男で妹が一人いますが、先日、母が亡くなりました。父はすでに他界しており、母は自宅で一人暮らしをしておりましたが、高齢のため介護が必要な状態で、私の妻が実家に通い、介護をしておりました。
生前、妻には世話になっているからと、A銀行の預貯金は妻に遺す旨母から伝えられており、それについて妻も了承しておりました。母の死後、自宅に保管してあった遺言書にもその旨記載されておりました。
ところが私の妹が、その遺言書は押印がされておらず無効だと言い出し、法定相続による手続きをすべきだと主張してきました。
このような場合、母から伝えられていた妻への遺贈は認められないのでしょうか。
今回のご相談者様の事例を整理しますと、奥様への遺贈についての状況は以下のようになっています。
- 生前、口頭で伝えられていた
- 遺言書にも記載されていた
- 遺言書は無効らしい
- 遺言が無効の場合は口頭で伝えられていた遺贈がどうなるのかわからない
生前に伝えられた「A銀行の預貯金は妻に遺す」という約束は、死因贈与にあてはまる可能性があります。
死因贈与は、自分自身が亡くなった時に財産を贈与する契約です。
その一方遺言も残されていたということですが、今回作成されていた遺言は、ご自宅で保管されていた自筆遺言証書ということになります。
遺言も死因贈与も、自分の死後に、あらかじめ自分が決めた人に自分の財産を受け継いでもらうという点ではとても似ていますが、両者はどのような違いがあるのか、また、両者の関係はどうなっているのか、死因贈与と遺言について説明していきたいと思います。
それでは、死因贈与と遺言の違いについて解説します。
- 死因贈与と口頭でも有効に成立する契約
- 遺言は要件を満たしていなければ無効になる意思表示
死因贈与は口頭でも有効に成立する契約
死因贈与とは、前述した通り、自分自身が亡くなった時に財産を贈与する契約のことをいいます。
例えば、Aさんが「自分が亡くなった時に、お世話になった友人のBさんに50万円をあげる」という内容の死因贈与を考えているとします。
死因贈与は「契約」ですから、自分の一方的な意思表示だけでは成立しません。
通常の契約と同じように、相手方の意思が一致する必要があります。
したがって、受け取る側のBさんも、「Aさんが亡くなったらAさんから50万円もらう」ことに合意していることが必要です。
契約は、お互いの意思が合致する必要がありますが、この合意は書面で残さなくても、口頭でも有効に成立します。
ただし、通常は死因贈与があったと証明するのは難しいため、トラブルを防ぐためにも契約書などを作成しておくことが望ましいといえます。
今回のご相談者様の事例については、お母さまから口頭で伝えられており、奥様も了承していたとのことですから、死後にA銀行の預貯金を妻に遺すとする死因贈与は有効に成立していたと考えられます。
遺言とは要件を満たしていなければ無効になる意思表示
では次に、遺言について簡単におさらいをしましょう。
遺言は契約と異なり、遺言者の一方的な意思表示によって行うものです。
したがって、あらかじめ財産を受け取る人に合意をとっておく必要はありません。
しかし、口頭でも成立する契約と違い、遺言が有効に成立するためには法律で様々な方式が定められています。
特に、今回ご相談者様の事例で出てきた自筆遺言証書は、自分自身で作成、保管する遺言で、形式や要件が厳格に定められており、それらを作成するご本人が確実に守って作成することが必要となります。
なお、自宅保管のほか、令和2年7月10日より、自筆証書遺言保管制度という法務局が預かってくれる制度が開始されています。
自筆証書遺言補完制度の詳細はこちら:自筆証書遺言保管制度について(法務省HP)
合わせて読みたい>>自筆証書遺言とは?5つの要件やメリット・デメリットを行政書士が分かりやすく解説!
今回の事例では、押印がないということで、妹さんが無効を主張しておられます。
自筆証書遺言は、遺言を作成する人が、全文、日付及び氏名を自書し、これに押印することが求められており、これらのうちどれか一つを欠いてもその遺言は無効となります。
したがって、妹さんの無効とする主張は正しく、遺言による妻への預貯金の遺贈は認められないことになります。
遺言が死因贈与として認められる場合がある
では、ご相談者様のお母さまが遺された「妻への預貯金の贈与」という意思は、実現されないのでしょうか。
遺言が無効とされた場合、生前にしていた死因贈与はどうなってしまうのでしょうか。
この点、遺言者が生前に特定の人へ財産を残したいという意思を明らかにしており、その特定の人もその意思を受け入れて両者がその状態を認識しているような場合であれば、たとえ遺言としては無効であっても、死因贈与として有効とする裁判例があります。詳しくは下記裁判例をご確認ください。
死因贈与への転換が認められた事例
①東京地裁昭和56年8月3日
【事例】生前、身の回りの世話をしてくれた女性に対し、遺産の一部を贈与する自筆証書遺言を作成し、署名押印して女性に手渡したが、作成日付の記載が欠けていた。
【判例】自筆証書遺言としての様式性を欠いていたため遺言書としては無効とされるも、本人が書き記していることに変わりはなく、女性も手紙を受け取り、贈与を受け入れていたことなどから、遺言では無効でも死因贈与として有効と判断された。
②広島高判平成15年7月9日
【事例】代筆による自筆証書遺言。遺言者が入院中、財産の承継内容を弟に口授し、弟が書き写し遺言者が署名する。代筆かつ作成日付と遺言者の押印がなかったため、遺言としては無効とされたケース
【判例】受遺者が遺言の作成された経緯も知っており、財産を譲り受ける認識ももっていたことから、死因贈与が成立したことは明らかと判断された。
死因贈与が有効とされるのは、無効な自筆証書遺言が死因贈与契約書面として認められることではありません。
遺言書が作成された時、及び作成された後の状況において、遺言者(贈与者)側の「贈与の申し込みの意思表示」と、受遺者側の「承諾の意思表示」があったと認められる場合、死因贈与契約の成立が認められることになります。
したがって、ご相談者様の事例においても、亡くなったお母様と奥様の間でA銀行の預貯金を遺すことについて合意されていたとのことですので、死因贈与として有効となる可能性があるといえます。
死因贈与への転換が認められなかった事例
一方で、死因贈与への転換が認められなかった事例もすくなくありません。
③仙台地裁平成4年3月26日
遺言者が友人に代筆してもらい、「すべての財産を孫に残す」旨の遺言書を作成したケース。
遺言者自身が書いていないため、自筆証書遺言としては無効で、死因贈与が認められないかが争点となった。
この事例では、遺言者の不動産が、死亡直前に孫以外の者に譲渡されていることのほか、遺言書の作成状況、親族に呈示された時期などから、死因贈与の意思表示とは認められず、孫側の承諾も認められていないとして、死因贈与を否定しました。
死因贈与と遺言が抵触する場合は日付が新しいものが優先
それでは、生前にした死因贈与契約の内容と、遺言の内容が抵触する場合、どうなるのでしょうか。
「抵触する」とは、矛盾することをいいますが、具体例を挙げてみましょう。
【例】
- 生前、死因贈与契約で「不動産甲を弟Aに贈与する」としていた。
- 遺言で、「不動産甲は長男Bに相続させる」としていた。
この場合、不動産甲は一つしかなく、弟Aと長男B、二人に譲ることはできませんから、死因贈与契約と遺言は矛盾しており、抵触している状態です。
結論から申し上げると、遺言と死因贈与契約の内容が抵触する場合、日付が新しいものが優先されます。
遺言をした場合、その後に遺言の内容と抵触するような贈与を行った場合には、最初の遺言である遺贈を撤回したものとみなす規定があります(民法1023条)。
民法1023条
1項:前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす
2項:前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する
そして、死因贈与では遺贈(遺言に基づく贈与)以下の規定が準用されます(民法554条)。
民法554条 贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する
したがって、死因贈与契約の後に遺言を書いた場合、遺言を書いた後に死因贈与契約をした場合などは、上記の条文の適用をして、遺言と死因贈与契約のうち日付が新しい方が優先されると判断することができます。
合わせて読みたい>>財産処分によって遺言は撤回される?生前処分による遺言の一部撤回について行政書士が解説
ただし前提として、遺言については自筆証書遺言・公正証書遺言ともに有効なものである必要があり、死因贈与契約については、日付が確認できる必要性から、契約書を作成していることが必要となります。
どの方式の遺言でも、有効な遺言は必ず日付が入ることになっていますから、抵触する死因贈与契約と遺言が共にある場合は、作成された日付を見て、どちらが優先されるかを判断することになります。
死因贈与と遺言による相続手続きでは税率が異なる
最後に、死因贈与にまつわる税金についても触れておきたいと思います。
- 死因贈与は贈与税ではなく相続税の対象
- 「不動産取得税」と「登録免許税」は遺贈と死因贈与で異なる
- 死因贈与も相続税の2割加算の対象
死因贈与は贈与税ではなく相続税の対象
死因贈与は、贈与契約ですが、贈与税ではなく、相続税の対象となります。
つまり、遺言による遺贈の場合と同じとなるのです。
したがって、死因贈与によって財産を受け継いだ場合は、通常の相続税の申告と同じように、相続が発生してから10か月以内に相続税申告書の提出と相続税の納税が必要です。
「不動産取得税」と「登録免許税」は遺贈と死因贈与で異なる
不動産の所有者が変わると登記を行って名義変更を行いますが、その際、登録免許税を納め、それに伴い不動産取得税がかかります。
死因贈与の対象となる財産が不動産の場合には、この「不動産取得税」と「登録免許税」の税率が遺贈とは異なっており、死因贈与の方が高く設定されています。
- 死因贈与の場合:一律で登録免許税2%、不動産取得税4%
- 法定相続人へ相続・遺贈する場合:登録免許税0.4%、不動産取得税なし
- 法定相続人以外へ遺贈する場合:登録免許税2%、不動産取得税4%(特定遺贈は軽減措置あり)
死因贈与も相続税の2割加算の対象
相続税の計算には、「相続税の2割加算」という制度があります。
これは、配偶者と一親等の血族(代襲相続人の孫も含む)以外の人が相続や遺贈により財産を取得した場合、相続税が2割増し(1.2倍)になる制度で、死因贈与の場合もこれがあてはまります。
死因贈与は契約関係が複雑なので行政書士など専門家へ相談を
死因贈与は、贈与者が亡くなったタイミングで所有権が移転される贈与契約で、本人の死亡時に効力の発生する遺言と似た機能を有しています。
機能は似ていますが、遺言と死因贈与それぞれについて、有効に成立させるにはそれぞれ違った要件が必要となり、さらには税金の面でも異なってきます。
死因贈与と遺言、どちらで財産を渡すべきかお悩みの場合や、ご自身で死因贈与の手続きを進めるのが難しい場合などには、専門家に相談して最適な方法をとることをおすすめいたします。
横浜市の長岡行政書士事務所では、死因贈与も含めて皆様に最適な方法を紹介しています。相続・遺言について少しでも疑問のある方は、お気軽にご相談ください。