「遺言は一度きりしか書けないの?」
「以前書いた遺言に追加したい内容がある。」
「遺言書が2枚出てきたけど、どちらが優先するの?」
上記のような疑問や想いを抱えている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
遺言は、財産や身分に関する相続について遺言者自身の意向を記すものですが、その意向は生前ずっと同じとは限りません。
途中で考えが変わることもあれば、相続人の状況が変わり、それに合わせた内容に変えたいことも出てくるものです。
また、遺言は1通しか作成できない、というようなことはなく、何通でも作ることができます。
今回は、以前に遺言を書いたけれども、内容を追加したり変更した遺言を新たに作成し、遺言書が複数となってしまった場合の取扱いについて解説します。
これから遺言内容に変更を加えたい方や、相続の際複数の遺言が出てきた方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
複数の遺言書が出てきた場合は最新の日付の遺言が優先される
ここからは、複数の 遺言書が出てきた場合の対応について、相談事例に沿って解説します。
ご相談者様:50代女性
私は、結婚後実家から出て両親とは離れて暮らしている50代の女性です。
先日、実父が入院生活の後逝去しました。
生前父は遺言書を作ったと言っていたため調べたところ、公正証書遺言があることがわかりましたが、
実家の父の机から、父自身が書いて封をした自筆証書遺言も出てきました。
このような場合、相続手続きはどちらの遺言書の内容に従うべきなのでしょうか。
回答:長岡行政書士事務所 長岡真也
ご相談者様の条件において、どちらの遺言に従うべきなのかを判断するにはそれぞれの遺言書が書かれた日付で確認をします。
今回は、実家で発見された自筆証書遺言と公正証書遺言のそれぞれの遺言が法的に有効であることを前提として、複数の遺言が出てきた場合について説明します。
今回の相談者様のもとにある遺言を例にみてみましょう。各々の作成日と内容は以下のようだった場合とします。
【公正証書遺言】
作成日付:令和元年4月1日
内容:財産はすべて長女に相続させる。
【自筆証書遺言】
作成日付:令和2年4月1日
内容:財産は長女と次女にそれぞれ2分の1ずつ相続させる。
内容が異なる2通の遺言書です。それぞれの遺言書が法的に効力のあるもの(※1)とした場合、遺言は最後に書かれたもの、つまり最新の日付のものが優先されます。
(※1)「法的に効力がある」(=法的に有効)とは、法律で定められた遺言の要件・形式等を満たし、執行するのに適した有効な遺言であることを言います。
合わせて読みたい>>遺言書の書き方・方式・注意点を行政書士事務所の事例と共に解説!
したがって、今回の2通の遺言書が出てきた事例では、令和2年4月1日に作成された自筆証書遺言に基づき相続手続きを執行することになります
また、公正証書遺言と自筆証書遺言と異なる種類の遺言でも、種類による優劣はありません。
公正証書遺言は公証人の認証を受けた公的な書類なため、自筆証書遺言よりも優先されそうにも思われますが、そのようなことはありません。あくまでも最新の日付の遺言に従います。
ただし、今回の事例ではそれぞれの遺言書が法的に効力のあることを前提としましたが、実際には自筆証書遺言は定められた要件、形式を取りこぼすことなく自分自身で作成することが求められますので、要件等を満たさずに無効となる場合もあります。
仮に新しい日付の遺言が要件を満たしていない場合、最新の日付の遺言は無効となりますから、要件を満たしている古い日付の遺言にしたがうことになります。
遺言書に記載する日付の要件
最新の日付にしたがう遺言ですが、では日付の記載はどのようになされている必要があるのでしょうか。
日付の記載というと、一般的には「年・月・日」を具体的に記すことをイメージする方が多いかもしれません。今回の事例では「令和元年4月1日」等の記載方法です。
当然、「年・月・日」の記載は日付の記載として正しく、有効な遺言となります。これは、遺言書は遺言者の最終意思の効果として実現するため、最終意思の確定のために具体的な日付の記載が必要となるからです。
年号(和暦でも西暦でも可)の記載がない、または日付の記載がない場合等は、暦上の特定の日の表示がないものとして無効とされるので注意が必要です。
では、例えば以下のような日付の記載は認められるのでしょうか。
- 令和元年4月吉日
- 令和元年4月末日
- 令和元年春分の日
- 2021年自分の誕生日
- 2021年東京オリンピックの開会式の日
日付が「特定できるかどうか」という視点で見てみてください。結論は以下の通りです。
・特定できる=有効とされるもの
2,3,4,5
・特定できない=無効となるもの
1
いかがでしょうか。認められる場合があるとはいえ、曖昧な記載は執行の際不要な混乱を招きますので、作成の際は具体的にハッキリと、「年・月・日」の記載をすることが望ましいといえます。
遺言が複数あることを知らずに執行した場合はやりなおし
遺言が複数あることを知らずに日付の古い遺言で執行してしまい、執行後、新たにもう1通の最新の遺言が見つかった場合はどうなるのでしょうか。
今回の相談者様の事例でいうと例えば、「令和元年4月1日」の公正証書遺言をもとに遺言を執行したのち、遺言者の自宅から最新の遺言である「令和2年4月1日」の自筆証書遺言が見つかった、という場合です。
このような場合、その古い遺言は無効ですから、最新の日付の自筆証書遺言に基づいて執行をやり直さなければなりません。
銀行等の金融機関の手続きは、有効な遺言の内容通りに分割し直し、法務局の手続きの場合には、移転した所有権を錯誤抹消した上で、
正しい権利者へ所有権を移転しなければなりません。相続税申告を済ませていた場合には、修正申告も必要になってきます。
このように、複数の遺言があることを知らずに遺言を執行してしまうと、手続き上のやり直しが必要となり、かなりの手間がかかってしまいます。
したがって、遺言は遺言調査をしてから執行することが大切となります。
複数の遺言が存在しないか確認する方法
遺言の調査方法は大きく公正証書遺言と自筆証書遺言の場合で変わってきます。
- 公正証書遺言・・・公証役場に問い合わせる。公証役場が遺言検索システムで調査する。
- 自筆証書遺言・・・自宅等で遺品の中から探索する。(※1)
- 自筆証書遺言(法務局保管)・・・法務局に証明書の交付請求をする。
(※1)自筆証書遺言が見つかり封等に入っていた場合は、勝手に開封をしてはいけません。家庭裁判書において検認の手続きが必要となりますので注意が必要です。
合わせて読みたい>>遺言書を検認する前に注意するべき4つのポイントを紹介します!
複数遺言の内容が抵触しない場合はどちらの遺言書も有効
ここまでで、複数の遺言が発見された場合、最新の日付の遺言が優先され、誤って古い遺言で執行をした場合は「やり直し」が必要であることが分かりました。
しかし、必ずしもすべての場合において新しい遺言が優先され、古い遺言のすべてが無効になるかというと、そうではない場合があるのです。
ここで一歩踏み込んで、「遺言書の抵触」という点から考察してみたいと思います。
遺言書が複数ある場合、民法では以下のように規定されています。
「前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす」(民法第1023条)
この内容を紐解くと、古い遺言と新しい遺言について、内容が触れる部分については古い遺言は撤回され新しい遺言が優先されることになります。
一方、内容が触れない部分については古い遺言も有効です。
なお、遺言の内容が触れる(抵触する)とは、前の遺言と後の遺言を同時に執行することができない程度に矛盾していることを指します。
したがって、前後の遺言がまったく無関係な内容である場合や、どちらの遺言も両立するような場合は、どちらの遺言も有効であることになります。
例えば、後の遺言が前の遺言に条件を加えただけであるような場合は抵触にはあたりません。
今回の相談者様の事例では、「財産のすべて」について、古い遺言では長女に、新しい遺言では次女に、という内容ですので、内容が矛盾しており2つの遺言を同時に執行することはできません。
したがって内容が「抵触」するため、最新の日付の遺言が優先されることになるのです。
ここで、遺言の内容が抵触しない(あるいは一部が抵触しない)場合の事例を紹介しますので、ぜひ確認して参考にしてください。
【事例①】
・古い遺言「不動産については長男〇〇に相続させる。」
・新しい遺言「預貯金については次男△△に相続させる。」
この場合、それぞれの遺言で記載されている財産の対象は不動産と預貯金で内容に矛盾はなく、双方抵触せず同時に執行が可能です。したがってこの複数の遺言の場合は、日付の前後にかかわらず両方とも有効となります。
【事例②】
・古い遺言「母にすべての不動産と預貯金の2分の1、子ども2人に預貯金の4分の1ずつ」
・新しい遺言「母にすべての不動産と預貯金3分の1,子ども2人に預貯金の3分の1ずつ」
この場合、「母に不動産を相続させる」点は双方が抵触しておらず一致しているため有効となります。しかし預貯金については内容が変更されており、抵触しているため新しい遺言が有効となります。
遺言書はできるだけ一つにまとめるのが望ましい
今回の記事では、複数の遺言書が出てきた場合にどの遺言が優先されるのか解説をしました。遺言書を複数書くことは認められていないわけではありません。また、複数の遺言でもすべてが無効となるわけではありません。
しかし、だからといって思いつく度、変更したい度に、別途新たに遺言を作成したのでは、相続人の混乱や面倒な事務手続きを生むことになりかねません。
また、すべての遺言を発見してもらえるとも限りません。
遺言書はできるだけ一つにまとめるのが望ましいといえますので、一度遺言を作成したのち、変更や追加をしたい内容が出てきた場合には、古いものは破棄して新しく作り直すか、法律で決められた方法にしたがって訂正するのが良いでしょう。
遺言書の内容について、変更や追加をしたいけれどもどうのようにして良いのか悩まれている方は、ぜひ行政書士などの専門家と相談してみてください。
合わせて読みたい>>遺言書の訂正方法|誤字や遺言内容の不備があった場合の対処法
長岡行政書士事務所は、遺言書の作成に関して丁寧に対応しておりますので、遺言に関する不安を抱えている方は、一度弊所へご相談ください。
複数の遺言書を用意した事例|行政書士の実務経験
遺言書はできるだけ一つにまとめるのが望ましいです。
しかし、実務では遺言書を作った後の事情の変化により、再度作成することは珍しくはありません。多いのは前遺言を全部撤回し新たに一から作成するケースですが、過去には一部撤回したケースもありました。
この場合、前遺言書と抵触しない遺言書であれば、2通の遺言書を利用して執行していくようになります。一部撤回した具体例ですが、前遺言書に記載された遺言執行者が高齢のため職務を執行することができなかったケースです。
合わせて読みたい>>遺言執行者としての手続きとは?遺言者が死亡したらやるべきこと
やり方としては、後の遺言書で当該条項だけを撤回する旨を宣言し、新たな条項を後の遺言書に記載します。
なお、このケースですと財産の条項に変動はないため、最低限の公証役場手数料だけで済みました。このように、一部撤回でも有効になることで以前に作成した遺言書が無駄にならずに済みます。
以上、実務からの視点でお伝えしました。最後までお読みいただきありがとうございます。